旅立つ息子へ (2020):映画短評
旅立つ息子へ (2020)ライター3人の平均評価: 4
たとえ障害を抱えた子供でも、いつかは送り出さねばならない
自閉症スペクトラムの息子を育てるため、仕事を辞めて人生の全てを捧げてきた父親。この子を理解して愛することができるのは自分だけ。妻さえも呆れて家を出ていくほどの過剰な愛を注ぐ父親だが、しかしその息子も既に20代の成人。いずれ親は先に死ぬ。今のうちに自立する術を身に付けさせねばならない。そう考えた周囲は息子を施設へ入れさせようとするものの、泣いて嫌がる我が子を目の前にした父親はうろたえ、思わず彼を連れて遠くへ逃げようとする。たとえ障害を抱えた子供でも、いつかは送り出さねばならない。心の準備が出来ない父親の苦悩と決断を丹念に描いた作品。分かり過ぎるくらい分かる親心に胸が苦しくなる。
チャプリン名作の正しいアップデート
チャプリンの『キッド』をモチーフにしているのは映画ファンならすぐに気づく。その現代的なアップデートのされ方に注目。
例えば自閉症の息子が性的欲求に駆られるシーン。チャプリンの時代にはご法度の描写だが、平静を装いつつ大いに慌てる父親の姿が笑いを誘う。一方で、この描写ゆえに、後の息子の行方不明のシーンに緊張感が宿る。同じ状況の中に混在する、笑える現実と笑えない現実。そのバランスこそがアップデートの妙だ。
古くからの父性と現代の複雑さが、絶妙に結びついた秀作。『キッド』の冒頭では“笑いと、たぶん涙の物語”と語られるが、本作は正しく、その21世紀バージョンだ。
自閉症の息子を大人に導く物語に、小細工は不要という見本
父と息子が自転車で走る冒頭から、作り手の温かい眼差しと、画面の父の心情が同化。このまま映画の流れに身を任せたい心地よさで溢れる。「誠実」という言葉がしっくりくる珠玉作。
自閉症の息子に対する、子離れの難しさを描きつつ、父はあくまで寡黙に自身の複雑な思いを、しみわたるように表現する。だから観ているこちらも、やるせない気分が募っていく。ロードムービー的な父子の旅を通し、息子が起こす、かなりヒヤヒヤものの行動への対処に感情移入せずにはいられない。
父子の動きにサイレント映画を引用するのも楽しく、チャップリンの『キッド』とテーマのリンクはあからさまだが、その真っ直ぐさも、愛おしさ、爽やかさへと変わる。