タクシー運転手 ~約束は海を越えて~ (2017):映画短評
タクシー運転手 ~約束は海を越えて~ (2017)ライター4人の平均評価: 4.3
元ギドク組とは思えぬ、ヒットメイカーとしての力量
チャン・フン監督は『義兄弟』の監督でもあるが、あの『高地戦』の監督でもある。よって、チョー・ヨンピルの「おかっぱ頭」で幕を開け、ソン・ガンホと『ブレイド2』の大君主ダマスキノスこと、トーマス・クレッチマンとの掛け合いを楽しむ観客を、突如『デトロイト』ばりの恐怖に陥れてくれる。その緩急の差は目を見張るものがあるが、そこでもカーチェイスなど、エンタメ精神を忘れない。そこにはもはやキム・ギドク組出身とは思えない、監督のヒットメイカーとしての力量を感じる。137分はかなりの体力勝負だが、力作であることには変わりない。また、同じタクシー運転手から見た光州事件を描いた『光州5・18』と観比べるのも一興だ。
悲劇的な事件を平凡な国民目線でみつめた人間ドラマ
近代韓国のまさに黒歴史をソウルのタクシー運転手と光州に潜入取材したドイツ人記者の視点で描いているので客観的でありながらも人情味溢れる物語に仕上がっている。シリアスな面も多いが、心を動かされるのはやはり恐怖の夜を過ごしながらも互いに助け合い、ささやかな夢を語り合う庶民の姿。ほのぼの気分になった直後に軍隊が国民に銃口を向ける展開となり、全身が怒りで打ち震えた。クライマックスの検問場面といい、演出が見事だ。主役を演じるソン・ガンホは安定の好演だし、ユ・へジンはしっかり泣かせてくれる。今の民主国家の韓国しか知らない人は、光州事件の背景などを予習してから見るといいかも。
不条理に対抗する一般市民の勇気がストレートに胸を揺さぶる
自国の軍隊に、無辜の一般市民が殺された光州事件。その不条理さを再現する目的は、ソウルのタクシー運転手とドイツ人ジャーナリストという「外部」の視点にしたことで見事に達成された。作品を盛り上げるためのやや過剰な展開もあるが、その過剰さが気にならないほど、われわれ観客も事件の渦に巻き込まれる作りだ。
報酬目当てだった運転手が、人間としての本能や使命感にめざめる。その過程をここまで劇的に表現できるのは、韓国でもソン・ガンホ以外にいないだろう。それほどの名演技の瞬間が何度か訪れる。光州の新聞記者が真実を伝えられない苦しさも挿入され、時代や状況は違うが『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』と重なる。
気鋭監督×名優ソン・ガンホによる「光州Cityの五月の空」
朝鮮戦争をハードコアに捉えた傑作『高地戦』に続き、光州事件を取り上げたチャン・フン監督。今回は人情ドラマの柔らかみも押し出しているが、硬質の実録性とのバランスが良く、前作と甲乙つけ難い出来だ。展開はバディ物に近い。軍部による凄惨な民衆弾圧の実態が、外国人ジャーナリストと、シングルファーザーのタクシー運転手というリアルな生活者の目を通して描かれ、後者に扮するソン・ガンホの名演がやはり光る。
戒厳令下の街は阿鼻叫喚の戦場となるが、逃走劇の中にハリウッドライクなケレン味を利かせたアクションの導入も面白い。政治スリラーの不気味な恐怖を高める夜の描写には、フリッツ・ラングを感じたりも。