苦い銭 (2016):映画短評
苦い銭 (2016)ライター2人の平均評価: 4.5
市井の人々が吐露する言葉が現在を照射する傑作ドキュメンタリー
中国経済を支える出稼ぎ労働者の現在を見つめるこのドキュメンタリー・カメラの眼差しは、温かく優しい。生きるために働くというよりも、疲弊しながらひたすら稼ぐ姿。急速に発展を遂げる社会の犠牲者としてではなく、時代状況の荒波をしっかりと受け止め、それぞれに問題を抱えつつ、臆さず自らの言葉で語りまくる、人としての強靭さや気高さが脳裏に焼き付く。生々しい生き様を克明に捉えられたのは、ひとえに名匠ワン・ビンとスタッフが、彼らの日常に溶け込んで透明化しているからに他ならない。市井の人々が吐露する言葉の数々は、どんな脚本家の名言よりも強く、今を照射する。本作に脚本賞を与えたヴェネチアの見識もまた素晴らしい。
あるいは「世界を見る眼」を人は「脚本」と呼ぶ
毎度おなじみワン・ビンの傑作だが、本作のトピックはドキュメンタリー史上初の「脚本賞」(ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門)を獲った事だ。我々はシナリオ現物を読んで脚本の出来を判断するわけではない。完成した映画からの逆算もしくは憶測でしかなく、人物の個性・立ち方や構成・編集の巧さ等がその賞賛に相当するものになる。
架空の「脚本」を想定させるのは、ある種逆説的にフィクション的な精度に近づけてしまうワン・ビン節の特異さによるものだ。場へのカメラの浸透は演技と非・演技をメビウスの輪のようにつなぎ、あらゆる人生の形が交錯する湖州の街が変わりゆく中国社会の縮図となる。これ以上の「群像劇」は望めないほど。