華氏119 (2018):映画短評
華氏119 (2018)ライター4人の平均評価: 3.8
マイケル・ムーア色は薄まったが、この現実は知っておくべき
自身の直前予測どおり、トランプが大統領に就任してしまったことへの怒りと疑問を原点に、さまざまな方向へ視点が広がる監督お得意のスタイルは、オバマの政策やヒラリー候補の失態にも切り込み、過去の作品以上に客観性も強く意識されている。その広がりに今回は特に無軌道な印象も感じられるが、これもムーアの心の動きを代弁しているのだろう。
過去の作品と違うのは、突撃取材ネタが少なく、あっても「空振り」感があること。ドキュメンタリー監督としての、次のステップへの分岐点のようにも感じる。というわけで散漫さは否めないが、描かれるトピックは、アメリカの現実として世界中の人々が知っておくべきこと。それは紛れもない事実。
トランプ政権の危ない未来予想図は日本人にも他人事じゃない!
やり玉にあがるのはドナルド・トランプだけじゃない。ヒラリーと民主党の偽善や無能も容赦なく糾弾するマイケル・ムーアは、トランプ大統領という怪物を生み出したアメリカの政治そのものをぶった切る。中でも筆者が特に注目したのは、トランプがお手本にしているというミシガン州のスナイダー知事だ。非常事態法を制定して州内の権力を掌握し、公共事業の民営化や大企業の優遇政策を推進。その結果、貧しい庶民が地獄を見ている。ムーア監督はトランプも同様の手法で、非常事態を口実に独裁政治を敷くのではないかと予言するが、はて、そういえばわが国の与党も憲法改正案に緊急事態条項を盛り込もうとしてますが…!?
独裁政権へと突っ走るアメリカの現状に警鐘は鳴らせるか?
2016年の大統領選からトランプ劇場が続くアメリカを苦々しく見つめてきたので、映し出される映像には既視感アリ。しかし、B・サンダース議員撤退の背景などニュースが取り上げない部分に果敢に切り込むのはやはり、ムーア監督ならでは。政治の裏側や共和党的な手法を使うようになった民主党の歴史など非常にわかりやすい。ミシガン州が抱える汚染水問題に尺を割きすぎなきらいはあるものの、故郷愛からの行動は愉快だ。体当たり取材を続ける監督のガッツは、見る側の気持ちを動かすはず。トランプ大統領の言動をナチスの台頭と重ねて、独裁政権へ警鐘を鳴らす狙いも正解。でもトランプ支持者はこの映画を見ないだろうなと思うと悲しい。
トランプ叩きにとどまらず、民主主義のあり方にまで突っ込む
トランプ叩きはハリウッドでもはや日常レベルだが、マイケル・ムーアだけにもっと強烈にやってくれるのかと思っていたら、いい意味で裏切られた。彼がここで攻撃するのは、トランプだけではない。トランプが大統領になってしまったのにはその土壌があり、民主党の責任も大きいのだ。アメリカの“今”をアップデートにとらえる今作では、この春のフロリダ州の高校での乱射事件や、つい最近ニュースを賑わせた学校の先生のストライキ、ミシガン州フリントの水道水汚染問題にも触れられる。それらを通じてムーアが伝えることは明確。民主主義のあり方を問うそれは、アメリカ人以外の心にも響くはずである。