トールキン 旅のはじまり (2019):映画短評
トールキン 旅のはじまり (2019)ライター4人の平均評価: 4
魔法のない世界を生き延びた天才作家の真実
『指輪物語』や『ホビット』の創作の裏に、トールキンのどんな過去があったのかを描いていることは想像がつく。しかし、それは想像以上に甘く切なく壮絶だった。
孤児となった主人公の初恋を絡めつつ、友情を核にした物語は、戦争さえなければ前途洋々であったであろう若者たちの悲劇を映す。トールキン自身も戦場に行くが、血の池が淀むそこに小説のような魔法はない。無力なホビット=人間の痛ましい現実があるだけだ。
しかし、それこそが彼のイマジネーションの源流だった。悲しみと憂いを反射させる、N・ホルトのナイーブな好演は見事。硝煙や炎をクリーチャーに見立てたVFXも効果的で、映像の隅々に目が行く。
トールキンの半生に映し出される『指輪物語』の原点
ご存じ、『指輪物語』の著者J・R・R・トールキンの若き日を描いた伝記映画。人類史上最も悲惨な戦いと呼ばれる第一次世界大戦の「ソンムの戦い」に従軍したトールキンが、相次いで親を失った孤独な少年時代、かけがえのない友たちとの出会いと友情、哀しい境遇を分かち合う女性との愛情を振り返っていく。幼くして厳しい世間へ放り出された無力な若者が、それでもなお希望を見失わず、愛する人たちとの絆を信じ、勇気を振り絞って人生を切り開いていく姿に、『指輪物語』や『ホビットの冒険』の原点を垣間見る。『トム・オブ・フィンランド』のドメ・カルコスキ監督の丹念で瑞々しい演出がとてもいい。
トールキンマニアにも、英国青春映画好きにも
ハンフリー・カーペンター著『J・R・R・トールキン-或る伝記-』の序文が示す通り、「伝記嫌い」で有名な天才作家の若き日を描いてしまった一本。だがこれが想像以上に面白かった。当然にも作家論的な「ネタ」に関しては逆算的発想で組み立てた明快さがありつつ、同時にエドワード朝時代を舞台にした王道の青春映画としても良質の仕上がりなのだ。友情・苦学・恩師・初恋。実に良いバランス。
甘酸っぱさの白眉は、ワーグナー『ニーベルングの指環』公演デート。なんと黒澤明の『素晴らしき日曜日』の名シーン等も連想させる趣向が……! もちろん「旅の仲間」たちも命を落とす第一次世界大戦で話全体を挟んでいる構成も重要。
若き日のトールキンには"旅の仲間"がいた
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作「指輪物語」を、トールキンはなぜ書いたのか。本作はトールキンの半生を「指輪物語」第1巻の題名である"旅の仲間"という観点から見ることで、その理由を探っていく。一般的に彼の生涯は妻との関係や教授時代の交友関係を中心に描かれることが多いが、本作は学生時代の友人たちとの絆を中心に描く。その絆が「指輪物語」で指輪を捨てる旅に出る"旅の仲間"に直結していくのだ。
さらに、トールキンの目に映ったものが、後に彼が描く小説に姿を登場する姿に変貌していくさまが、映像で表現されていく。そんな「指輪物語」のファンなら嬉しい光景がたっぷり詰まっている。