私の知らないわたしの素顔 (2019):映画短評
私の知らないわたしの素顔 (2019)ライター3人の平均評価: 3.7
知らないのではなく、隠していた面では?
精神分析医と面談する女性クレールの問題点が炙り出される構成は目新しくないが、徐々に明かされる謎で意表をつく仕掛け。とはいえ、彼女の成りすましツールとなる写真によって、早くから全体像が見えてしまうかも。
ヒロインがSNS恋愛にハマる理由はよくわからないし、交わされる文章もインテリ心を刺激しているとは思えない。だからこそ逆にクレールの心の闇が深いと感じられた。危うい精神状態のヒロインを体あたりで演じたJ・ビノシュの好演で星一つ追加。ただし、監督の求める共感ポイントと思われる終盤のクレールのつぶやきに関しては、大失恋や恋人の裏切りを経験してなかったいい女アピール?と逆に冷めてしまった。
偽りの恋愛にハマっていく中年女性の孤独と不安
長年連れ添った夫を若い女性に取られ、今また年下の恋人から捨てられそうになった50代の大学教授クレアが、24歳の別人に成りすまして始めたSNSで若い男性アレックスと知り合い、いつしか偽りの恋愛にハマっていく。地位も財産も美貌も兼ね備え、一見したところ自信に満ち溢れた中年女性の、心の内側に秘めた老いや孤独への不安などを、ヒッチコック風の恋愛ミステリーとして炙り出す。アレックス役のフランソワ・シビルが普通っぽすぎて、むしろジュリエット・ビノシュ(クレア役)の方が高根の花に見えてしまうのは玉に瑕だが、誰かと繋がらずにはいられない、そして簡単に繋がってしまう現代社会の危うさは見どころだ。
愛は地獄か。しかし愛の結末はいくつもある
やや不可解なタイトルから察せられるように、どんな方向へ物語が転がっていくのかわからない。主人公の精神状態もかなり不安定であり、謎めいたムードがSNSというツールによって危険な関係を加速させるスリルも満喫。
スキャンダル劇の、いい意味での下世話感。そして愛の地獄にズブズブとハマる部分の妙に洗練された演出。その絶妙なバランスで、「次にどうなる?」という緊張感がとぎれないのだ。
観る者の心をつかむ最大要因が、ビノシュなのは間違いない。官能と欲望解放の「体当たり」部分はもちろん、冷静さと激情の行き来をここまで嘘くさくなく演じた例は稀では? 演技者の「業(ごう)」を感じさせる瞬間が何度も立ち現れる。