走れロム (2019):映画短評
走れロム (2019)ライター4人の平均評価: 3.8
あらゆる格差社会に共通する残酷な現実
ベトナムの大都会サイゴン。スラムと化した古い集合住宅では、貧しい住民たちが違法宝くじに熱中している。どれだけ働いても暮らしの楽にならない彼らは、藁にもすがる思いで一獲千金に人生の夢を託しているわけだが、しかしそれはまるで麻薬のように貧困の悪循環を生むことになる。そんなベトナムの深刻な社会問題を、スラムの中でも最下層に属する孤児の少年ロムの目を通して描いていく。さながらベトナム版『靴みがき』(ヴィットリオ・デ・シーカ)。経済成長著しいベトナムの暗部をえぐった作品だが、しかし生きるために貧しい者同士が互いを食い物にする光景は、あらゆる格差社会に共通する残酷な現実だろう。
傾いた世界で、子供たちは走り続ける
子供たちがずっと走り続ける。大通りではなく、彼らの細い身体でしか通り抜けられない狭い路地を走り抜け、追ってくるものを振り切る。手持ちカメラで映し出される彼らの世界はいつも地軸が垂直ではなく、どちらかに傾いているので、立ち止まることが出来ない。ふと気づくと、その背後に見える空や町が、びっくりするような鮮やかな濃い色をしている。
借金を返す金が欲しい。そのため賭けをする。その賭けのため借金をする。この環の中では走り続けるしかないのだが、しかし、独自の必勝法を考えながら賭け続けることこそ、生きるということなのではないか、そんなふうにも見えてくる。
仁義なきヴェトナム・ストリートの「祭り」
「多いのよね。負けちゃってさ。自殺する人、たくさんいるわ」――スラムのアパート住民トゥー夫人の弁。当たる確率などほとんどなし、闇金による搾取たる違法クジ。貧しい大人達の空回りの欲望が渦巻く中、予想屋の孤児ロムが全速力で駆け抜ける。そこにやたら運動神経の良い商売敵の少年フックが邪魔しに絡んでくる。
ホーチミンの裏町にハックルベリー・フィンを2人放り込んだような狂騒劇。監督は1990年生まれの新鋭チャン・タン・フイ(ロム役は彼の実弟!)。トラン・アン・ユンがプロデュースを務めているが、今村・深作・スコセッシばりのアクション&スピード。「走る=生きる」ことを巡る混沌が全て映画の愉楽に転化する傑作!
スラム街を駆け抜ける疾走感
ベトナム・サイゴンを舞台にした『スラムドッグ$ミリオネア』×「鉄コン筋クリート」というべきか。裏切り、裏切られる主人公2人の関係性に、ただならぬ生命力を感じる。“闇くじ”という数字に取り憑かれた者たちの人間模様を、なかなかの疾走感で描く79分のジェットコースタームービーである反面、いかにも長編監督デビュー作な荒削りな部分も目立ち、そこに乗り切れないと、置いてきぼりという危険性もアリ。トラン・アン・ユンの名がプロデューサーにクレジットされながらも、大きく裏切ってくれるというか、これまでのベトナム映画の淡々としたイメージを覆す一本といえるだろう。