オフィサー・アンド・スパイ (2019):映画短評
オフィサー・アンド・スパイ (2019)ライター4人の平均評価: 3.8
黄金タッグ、ポランスキー=ハリスの燻し銀政治スリラー
『ゾラの生涯』『逆転無罪』でも扱われた19世紀末仏の冤罪事件「ドレフュス事件」の映画化。『ゴーストライター』に続くロマン・ポランスキー監督&ロバート・ハリス脚本だが、このタッグは相性が非常に良いと思う。事件から距離のある「普通の男」が権力システムの闇にずぶずぶ入り込んでいく構造が両作に共通。ゆえに今作も巻き込まれサスペンスの応用形と言えるだろう。
特にヒッチコキアンとしてのポランスキー、貫禄の映画術。史実なので事実の結果はもう出ており、そのぶん謎解きではなく、宙吊りの過程をじっくり正攻法のサスペンス描写で引っ張っていく。事件の真相を目指して進むほど、巨大な闇の世界像が見えてくる本質的恐怖!
現在の我々も無関心ではいられない19世紀末フランスの冤罪事件
ユダヤ人に対する偏見をもとに、無実のスパイ容疑で有罪となった陸軍大尉ドレフュス。そのことに気付いた防諜幹部ピカール中佐は真実を公にしようとするものの、しかし軍の権威を守らんとする組織の隠蔽工作によって妨害を受ける。19世紀末のフランスで実際に起きた冤罪事件の映画化。興味深いのは、中佐自身も実はユダヤ人に偏見があったこと。しかしそれとこれは別、たとえ相手が誰であろうと人権は守られ、不正は追及されねばならない。振り返って、公文書の偽造やデータの改竄などの隠蔽がまかり通るようになった今の我が国で、ピカール中佐のように己の良心に従って行動できる人がどれだけいるだろうかと考えさせられる。
いま観るうえでポランスキーの過去と作品を重ねずにはいられない
『パピヨン』の記憶も甦る、流刑地の悪魔島の冒頭で不穏な空気が充満するが、正直言って前半はやや入り込みづらい。ドレフュス事件を知らない人には、人間関係、誰が何を訴えられているかに集中して追いつく必要あり(できれば、ざっと予習を)。
全体像が見えてきた中盤からは、ドレフュス大尉のスパイ疑惑や、彼の冤罪を信じる大佐の奮闘がドラマチックなうねりを発生し、法廷劇の緊迫も積み重なって引き込まれていく印象。
19世紀の事件と現在へのリンクはもちろんだが、何より「監督と作品は別物か」という論議が沸騰する現在、ポランスキー監督の過去の犯罪と、今なお続くその影響が、罪を問う本作に深部でシンクロ。その意味で必見。
ある個人ではなく、組織というものを描く
有名な冤罪事件が題材だが、それをある人物のドラマとして描くのではなく、組織というものに生じてしまう腐敗について、人間が抱いてしまう偏った意識についてのドラマとして描く。なぜ冤罪が生じたのか、そして、証拠があるにも関わらず、なぜその冤罪が長年に渡って覆されなかったのかが詳細に描かれていき、現在に繋がる物語になる。
そんなメッセージ性の強い物語を描きつつ、映像は質感も色調もあくまでも豊潤。冷えた大気に漂う靄、石畳の硬い感触。室内の使い込まれた木材が、窓からの弱い光に鈍く反射するさま。撮影は『戦場のピアニスト』以来この監督と組んでいるパヴェル・エデルマン。映像の密度が最後まで保たれる。