デスパレート・ラン (2021):映画短評
デスパレート・ラン (2021)ライター4人の平均評価: 3.5
銃社会で子供を育てる親の不安と恐怖を疑似体験する力作
人里離れた森でランニングをしている途中、地元の高校で銃乱射事件が発生したことを知った女性が、息子の安否を確認するためにスマホを駆使して情報を集めつつ、一刻も早く息子のもとへ向かうべく森を駆け抜けていく。カメラはほぼリアルタイムでヒロインだけを追い続け、観客にも彼女が知り得る情報しか与えられない。おかげで、親にとって最悪の事態に直面した主人公の不安と恐怖、焦りと絶望が生々しく伝わってくる。果たして息子は無事だろうか、きっと怖い思いをしているに違いない、まさか彼が犯人なんてことは…?ヒロインの胸に去来する様々な感情が、アメリカの銃社会で子供を育てることの現実を浮き彫りにする。地味ながらも力作。
ナオミ・ワッツが全編一人芝居で熱演
ナオミ・ワッツが演じる、スマホだけ持って森でランニングする母親が、息子の学校で何かが起きたことを知り、状況を把握しようとする。主人公が電話をかけまくる一人芝居という形式は『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』『THE GUILTY/ギルティ』の系列。実際は何が起きているのかという全体図が少しずつ見えてくるという謎解き仕様も、主人公の心理が途中で大きく揺れ動くのも共通だが、本作は主人公が受け身ではなく能動的なところがポイント。彼女はその状況でスマホで出来ることを必死に考え、それを実行していく。彼女の心理が追い詰められていくのとは裏腹に、彼女の周囲の森の緑が美しく、その対比も強烈な印象を残す。
森映画としての見応えアリ
iPhone片手に、森の中を駆けずり回るナオミ・ワッツの姿は“走る『THE GUILTY/ギルティ』”。それだけで画は持つが、脚本のクリス・スパーリングは青木ヶ原樹海を舞台にした『追憶の森』(ワッツも出演)も手掛けているだけに、さまざまな表情を見せる森映画として見応えアリ(『ブレアウィッチ』ネタも登場!)。ただ、通話相手やアプリがカギとなるサスペンスとして見ると、視覚的な面から『サーチ』シリーズに劣るうえ、『ナイトライド 時間は嗤う』におけるワンカットのような斬新さに欠けるのは事実。また、スクールシューティングというテーマを扱ったのはいいが、エンドロールまでのメッセージがちょっとクドい。
ベテラン職人、フィリップ・ノイス監督の底力こそ光る84分
携帯電話とインターネットの登場は世界のネットワーク構造を大きく変え、20世紀的なサスペンス映画文法が失効してしまう危機を迎えた。その現状を受けた04年の『セルラー』が新話法の起点としたら、時代の進化と完全同期する形で尖鋭化したのが『search』&『同2』で、従来型との融合を成熟させたのが『[リミット]』のクリス・スパーリングの脚本を得たP・ノイス監督の本作だろう。
スマホの機能に紐付けた作劇や描写を設計しつつ、人間の肉体がフルに活かされ、ナオミ・ワッツは全編ほぼ走りながらの独り芝居。その必死の姿は『インポッシブル』を彷彿。生々しいエモーションとデジタルデバイスがスリリングに連動する快作だ。