ファースト・カウ (2019):映画短評
ファースト・カウ (2019)ライター4人の平均評価: 4.5
絶品のオーガニック・ドーナツ
2019年のケリー・ライカート作品。ミニマルな作りでスケールの大きな時間経過を示す導入部から秀逸。『ミークス・カットオフ』と『オールド・ジョイ』が合流した先にある様な男二人の西部開拓期のお話。グラッドストーン出演が共通する『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』より100年程前の設定だが、アジア系移民の主題はA24の『フェアウェル』や『ミナリ』から『エブエブ』に繋がるものでもある。
背の高い中国人キング・ルーの佇まいなど、米国史の従来的イメージを丁寧に覆そうとする批評性が素晴らしい。ライカートは新作『ショーイング・アップ』もU-NEXTの特集で公開。日本の受容環境もようやく整いつつあるようだ。
開拓時代に西部を優しく、親密な視点から見つめる
アメリカでは2020年に公開され、間違いなくその年の個人的ベスト映画の1本となった傑作。開拓時代の西部をこんな形で優しく親密な視点から見つめるのは、まさにケリー・ライカートならでは。男の友情をとても繊細に描いているのも新鮮。名もない男たちにだって、夢はある。そのために彼らがやるのはたしかに間違ったことなのだが、そこにある貧富の差、階級の違いが、彼らに共感させる。主人公クッキーに良い人オーラがたっぷりのジョン・マガロを選んだのは、大成功。ラストは心にじんと響き、いつまでも記憶に残る。映画が現代で始まるのも、寓話的な雰囲気を与える。シンプルで、シンプルで、ヒューマニティにあふれる、美しい作品。
時間の流れも、時代・土地の再現も、すべて美しい映像体験へ
まるで時間が止まったような映像のオープニングが、これから始まる物語の独自のセンスを予告する。その後、19世紀初めのアメリカ西部での人々の日常が丁寧に再現され、すんなりと異世界へトリップした感覚へとつながり、懐かしくも心地よい世界に没入。時折、スピリチュアルな要素をまぶすあたりも、原初的体験を後押しする。
主演のジョン・マガロが野心と頼りなさの両面をシーンごとに使い分け、感情移入を喚起する。本年度のオスカーレースに絡む『Past Lives』でもそうだったように、この人、“癒し系”俳優の現在トップでは?
ラストシーンはセリフと描写が相俟って神々しい美しさを放ち、しばらく深い余韻に浸ってしまった。
素朴な土地で生まれる普遍的物語が胸を打つ
簡素で素朴な道具立て、シンプルな設定で、普遍的な物語が描かれて、胸を打つ。1820年代アメリカの、まだ集落が形成されていない場所。そこにやってきた、まだ職業が定まっていない人間たち。そこに、少しの欲望、ささやかな夢といった、人間の基本的な感情があるだけで、物語が生まれていく。物語の中心となる男2人の間にあるのは恋愛ではなく、ただ恵まれない環境で生きてきた2人が初めて知った、誰かと一緒にいることの居心地の良さといった素朴なものだ。
ケリー・ライカート監督と長年組んできたクリストファー・ブロヴェルトが撮る、西部開拓時代の西海岸北部オレゴン州、緑が濃い森の空気は、静かで湿った匂いがする。