零落 (2023):映画短評
零落 (2023)ライター3人の平均評価: 3.3
かくも業の深き人間という生き物
これぞまさに「貧すれば鈍する」。追い詰められたり苦境に立たされたりした時にこそ、その人物の本性が現れるとも言われるが、人気漫画家から転落した本作の主人公も御多分に漏れずだ。連載が終了してからトラブル続きで、すっかりスランプに陥ってしまった彼は、仕事で多忙を極める妻に不満や怒りの矛先を向け、金で買える都合のいい女=デリヘル嬢に癒しと現実逃避を求め、自己憐憫と他責思考をどんどんと拗らせていく。主人公のクズっぷりにイラつくこと請け合いだが、しかし同時にその心理をどことなく理解できるという人も多かろう。人間というのは業の深い生き物。ましてや表現者となれば尚更であることを思い知らされるような映画だ。
「自分の話だ」と思うか、そうでないか
「これは自分の話だ」と思う人と、主人公を1ミリも理解できない人とで真っ二つに分かれる作品。とにかく独善的で、他人を侮り、まわりを傷つけ、何かと女性に救いを求めてしまう元売れっ子漫画家の主人公の孤独と醜悪さがこれでもかと描かれているので、「これは自分だ」と思った人は生温かい汚泥に心地よく身を委ねることができる一方、耐え難い人も少なくないかも。主人公が関心のない相手、見下している相手の演技がどれも戯画化されていて、主人公の心象風景として描かれているのと同時に、他人をそういう風に見てしまう彼の絶望と卑しさが透けて見えるのが面白い。90年代から活躍しているサブカルスターがあちこちに顔を出している。
見事な「猫顔女性」のキャスティング
竹中直人と斎藤工に、脚本家・倉持裕を加えた『ゾッキ』チームで描く、浅野いにおの鬱世界。浅野のリアルな心情を吐露しているようなセリフ回しに、作者と読者の距離感を表現したラストまで、原作コミックに忠実なうえ、「猫顔の女性」に惹かれてしまうマンガ家役の斎藤が、あまりにどハマりすぎ。それもあり、どんな状況に陥っても何も驚かないのだが、彼の妻を演じるMEGUMIがプロデューサーとしてもクレジットされているのが肝といえる。趣里演じるデリ嬢・ちふゆや山下リオ演じるアシスタント・富田の再現度も驚くほど高いが、観る人を選ぶ作品であることは確か。いろんな意味で、ゼロ年代の日本映画的な空気感がする。