国境ナイトクルージング (2023):映画短評
国境ナイトクルージング (2023)ライター3人の平均評価: 3.7
北緯42度50分、青春の現状
シンガポールの気鋭、アンソニー・チェン監督(84年生)が異邦人の視座を活かした鮮烈で瑞々しい青春映画を放った。舞台は北朝鮮との国境に近い延吉。中国の東北地方、吉林省の朝鮮族自治州だ。異質の文化がミックスされたこの街で浮遊する男女3人を、オムニバス映画『永遠に続く嵐の年』でも組んだチョウ・ドンユイら人気キャストが演じる。
『突然炎のごとく』や『はなればなれに』を参照した「女1:男2」の図式など定番的だが、彼らのアイデンティティの不定形な揺れが、延吉の特殊な地理性と巧く呼応する。漢字とハングルの交ざる都市空間が心象風景的な抽象性を帯び、後半のスピリチュアルな領域に入っていく展開も無理がない。
国境の町・延吉版『きみの鳥はうたえる』
中国映画界におけるカメレオン女優といえるチョウ・ドンユイが、ふたりの男のあいだで揺れ動く微妙な女性心理を表現。長白山を望む中国と北朝鮮の国境の町・延吉の風景が主人公のロードムービーでもあるが、何気ない食事シーンや大型書店における露骨すぎる『はなればなれ』オマージュなど、愛おしいシーンが連続する。アンビエントな音楽に、いつ終わるか分からない多幸感、さらには不器用すぎるチュー・チューシアオの染谷将太感と、“延吉版『きみの鳥はうたえる』”として観ると、妙にしっくりくるだろう。3人の不完全さや危うさを表現した『The Breaking Ice』という英語タイトル込みで、★おまけ。
宙ぶらりんの日々、名付けたくない気持ち
まだ寒い季節、中国と北朝鮮の国境の町、延吉で出会った、まだ若い男2人と女1人が、なんとなく一緒に過ごす"休日"。それぞれが仕事を休業し、どこにも所属していない宙ぶらりんの日々だが、それが永久に続くわけではないことは分かっている。
名付けると別のものになってしまう、ぼんやりした気持ち。なので、名付けず大切にする。そういう時間が描かれて魅了する。ロードムービーでもあるが、移動は目的地に着くためではなく、ここに留まらないためだ。
監督・脚本はシンガポール出身の中国系監督、『イロイロ ぬくもりの記憶』『熱帯雨』のアンソニー・チェン。全編に、見知らぬ土地での地に足がつかない気分が漂う。