チャンシルさんには福が多いね (2019):映画短評
チャンシルさんには福が多いね (2019)ライター4人の平均評価: 4.3
これが私の生きる道
ホン・サンス作品のプロデューサーを務めていたキム・チョヒ監督のデビュー作。となると、冒頭シーンの酒の席でクダまいている映画監督のモデルは……(笑)。しかし作風は師匠と随分異なるウェルメイドな構築系で、やたら似ているのは『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(19年/監督:箱田優子)。映画(映像)界で仕事に邁進してきた大人の女性の「幸福論」的な輪郭。こういう共振には時代精神が強く刻まれていると思う。
ただ『ブルーアワー~』は(妄想的な)シスターフッドムービーなのに対し、こちらは一風変わったロマンティック・コメディ。しかも恋愛より映画愛が生命線だ。本作の白眉は「小津 vs ノーラン」の対決かもしれない!
好調な韓国映画界の片隅で
アラフォーの自分探し物語としてはもちろん、業界裏話としても秀逸。主人公が元プロデューサーなら、家政婦として厄介になるのは自分磨きに必死な新進女優。その彼女の仏語教師の本業は映画監督だ。好調な韓国映画界の実態を映し出す。とりわけ主人公が映画会社社長から「監督あってのあなた」と蔑まれるシーンはリアル。本作の監督はホン・サンス監督の元P。間違いなく実体験を投影したのだろう。だが本作を見れば一目瞭然。とぼけた笑いもウイットに富んだセリフもホン作品を彷彿とさせ、彼女の存在が大きかったことを証明する。何より半径2mの世界をエンタメに仕上げた手腕は見事。自分を過小評価した人たちへの一矢を報いた痛快作である。
崖っぷちヒロインが他人には思えない!?
突然の失業で人生崖っぷちとなったチャンシルさんが焦りつつも、自然体で生きる姿が軽やかで心地いい。ホン・サンス監督を支えた女性プロデューサーの監督デビュー作でオフビートなテイストは似ている。が、ホン監督作でたまに感じる“男の身勝手さ”は皆無。女性視線で物語が綴られ、女性の強さや情の厚さに共感しきり。ヒロインの職業柄、映画ネタも多く、ちょっといいなと思った監督志願の男性と映画の趣味が違ってがっかりという下りには笑った。監督の分身とも思えるヒロインを演じるカン・マルグムが醸し出すアラフォー女性のリアルさがすごくいい。自称レスリー・チャンの幽霊男やワケあり大家さんなど脇までキャラ設定が面白い!
シニカルかつ自虐的な描写が笑いを誘う
ホン・サンス監督作のプロデュース経験があるキム・チョヒ監督らしく、仲良し女優とのエピソードなど、“業界あるある”を挟んだシニカルかつ自虐的な展開は、タイトルから連想する多幸感とは真逆。さらに、年下男性とのラブコメに、イマジナリーフレンドとも若干異なる“自称レスリー・チャン”を登場させるカオス感も笑いを誘う。そんな『欲望の翼』のほか、小津からのノーラン、クストリッツァに至る映画ネタのほか、画作りからもホン・サンスの影響が見られるのは当然。とはいえ、冒頭から「葬送行進曲」に乗せ、まさかの展開を用意! キム・ボラ、キム・ドヨンに続く、注目の女性監督のデビュー作としてチェックすべし。