完全なるチェックメイト (2015):映画短評
完全なるチェックメイト (2015)ライター5人の平均評価: 3.8
映画的に地味なチェスの試合を緊張感たっぷりに描く
東西冷戦下の1972年に行われたチェス世界選手権。アメリカの威信をかけてソ連のチャンプに挑んだ天才プレイヤー、ボビー・フィッシャーの数奇な半生を描く。
やはり最大の見せ場は世界選手権マッチ。ただでさえ映画的に地味なチェスの試合をスリルとサスペンスたっぷりに、しかもルールを知らない素人でも理解できるよう描いたズウィック監督の演出が抜群に冴える。
そして、天才ゆえ思考も行動もブッ飛んだ究極の変人フィッシャーに扮するトビー・マグワイアが見事!才能と人格は別ものとはいえ、振り回される周りの人間はたまったもんじゃないと思うが、しかし同時にどこか憎めないところのある男の苦悩と狂気を演じて圧巻だ。
天才ボビー・フィッシャー VS 冷戦構造
作劇が面白い。『ボビー・フィッシャーを探して』で主人公の少年が憧れていた伝説的チェスプレイヤーのエキセントリックな実像が描かれる。そのガキっぽい奇人変人ぶりはモーツァルトに准えられるが、T・マグワイアも『アマデウス』のトム・ハルスばりのアッパーな快演を見せ、やがてダークサイドに堕ちていく。
アマデウスの影になったのはサリエリの嫉妬だが、ボビーの場合は政治的利用だ。85年の『ロッキー4/炎の友情』ではソ連のボクサー、ドラゴにアポロが殺され、復讐戦にロッキーが挑む。そんな米ソ冷戦の代理戦争の実録。チェスボードは頭脳戦のリングとなるが、稀代の天才も国家には駒のひとつというシニカルな視座が肝だ。
仁義なき冷戦、米ソ代理戦争はチェスなり!
主人公ボビー・フィッシャーの奇人ぶりに驚く。チェス界からこつ然と消えて伝説となった天才なのは知っていたが、精神疾患を患っていたのは明らか。冷戦下でソ連人王者に挑むボビーが政治利用されたのは可哀想だが、国家安定のためならブルックリンの一青年精神面なんて関係ないってことか。ああ、無情。トビー・マグワイアが徐々に壊れていくボビーを熱演していて、怖いくらい。常軌を逸した言動は本来、観客の共感を得られないが、30代になっても少年っぽさが残るトビーの切ない表情は哀れを誘う。配役の勝利だろう。また盤の上で駒を動かすだけの知的ゲームをボクシング並みの迫力に仕上げた監督の演出とカメラワークが光る!
天才じゃなくて良かった…と思わせる神経衰弱エンタメ
4手先を読み、300億もの可能性を考えるというチェスの世界。その天才ボビー・フィッシャーの実話を基にして、狂気の淵を覗かせるアイデアに、まず唸らされる。
あまりに天才過ぎて神経過敏になり、イヤなヤツと化してしまうフィッシャー。天才であることは、果たして幸福なのだろうか? 凡人で良かった……という思いをよぎらせつつ、鮮烈な人間ドラマを楽しんだ。
フィッシャーにふんしたトビー・マグワイアの怪演に引き寄せられ、そのライバルを演じるリーヴ・シュライバーが体現した静かな狂気にも魅了される。天才同士のピリピリした戦いはサスペンスフルで、エンタテインメントとしての見応えも十分。
少しだけ尋常でなくなっていく感じが体感できる
主人公の目に映るもの、耳に聞こえてくるものを描写するという演出が多用され、主人公の"精神がちょっとだけ通常の状態ではなくなっていく感じ"を体感することが出来る。音響によるこの種の疑似体験演出では、ロッジ・ケリガン監督の「クリーン、シェーブン」が秀逸だが、あちらは完全に異常な状態になるところを、こちらは"ちょっとだけ"なところが絶妙。さらに、チェスというものが頭脳戦であるだけでなく、心理戦でもあることを描くので、チェスの仕組みや技法の説明はまったくないのに、チェスをするときの心理状態と、その恐しいほどの緊迫感が伝わってくる。天才の物語かつ政治劇だが、なにより強度の高い心理サスペンスが味わえる。