ガール・オン・ザ・トレイン (2016):映画短評
ガール・オン・ザ・トレイン (2016)ライター4人の平均評価: 3.5
前評判が高すぎて、肩すかしをくらったな
世界的ベストセラーの映画化で、アメリカでは公開前から『ゴーン・ガール』に続く快作と前評判が高かったが、ふたを開けてびっくり。エミリー・ブラント演じるレイチェルが離婚で傷心となり、常軌を逸した行動を取ったかもと疑心暗鬼になる物語の核が弱い。さらに彼女が理想の結婚像として憧れる、ヘイリー・ベネット演じるメーガンの物語にもレイチェルの痛みとの関係性を見出せず、バラバラ感がいなめない。結局、DVで浮気性の男にコロリとだまされた女3人の恨み節だったということか。女性3人のリベンジ劇にしちゃえばよかったのに。
謎解きとフェミニズムを両立させた絶品ミステリー
通勤電車の窓から他人の家を覗く女性が、いつもとは違う光景を目撃したことから、やがて殺人事件に巻き込まれていく…という導入部はまさに『裏窓』。アル中で記憶力も判断力も不安定なヒロインが逆に容疑者として追い詰められていく『白い恐怖』のような展開を含め、ヒッチコック的な古典ミステリーの手法を実に上手く取り入れている。
さらにフラッシュバックを多用しつつ、カギを握る3人の女性の視点から複雑に入り組んだ事件の背景を徐々に紐解くことで、他者には見えづらいドメスティック・バイオレンスの根深さを浮かび上がらせる語り口が絶妙。謎解きの面白さとフェミニズム的テーマをきっちりと両立させた監督の手腕が光る。
ヒッチコック映画術の現代的応用の一例
通勤電車の窓から怪しげな光景を目撃する――まさに“動く『裏窓』”! この設定だけでもヒッチコック色濃厚だが、全面導入されているのは『めまい』だ。特に定本『映画術』でトリュフォーが「不安定な、一所懸命に対象をつかまえようとするリズム」、ヒッチが「映画全体がひどく情緒不安定な視点」と語った基本構造が、アル中でブラックアウト(記憶喪失)を起こしているヒロインの朦朧とした彷徨に応用されている。
疑惑の目を向けられるのは誰か――もヒッチの法則。ただ激しい情念に憑かれたE・ブラントの演技が凄すぎて、“女性映画”としては怪作の印象(笑)。古典的な映画マナーと現代的なテーマがパワフルに合体した一本だ。
ミステリーに技あり。映像に美学あり。
事件関係者たちの別の顔が次々に明らかになっていく、というのはミステリーの定番だが、本作は2つの点がユニークだ。まず、ドラマの進行と共に、物語の語り手であるヒロイン自身の別の側面も少しずつ明かされていくという手法。もう一つは、彼女が自分自身に疑惑を抱くという設定だ。
そして映像が美しい。映像はヒロインの眼に映る世界であり、彼女の心の状態の反映。彼女が列車の窓ガラス越しに見る世界は、いつも曇天で、空気は湿っている。撮影はデンマーク出身のシャルロッテ・ブルース・クリステンセン。トマス・ヴィンターベアやアントン・コービンの映画を撮った彼女が、晩秋の湿度と冷気を独自の美学で映し出す。