ありがとう、トニ・エルドマン (2016):映画短評
ありがとう、トニ・エルドマン (2016)ライター4人の平均評価: 3.5
”一人で着られない服”を強引に着るヒロインです
石田ゆり子がバラエティ番組で「一人で着られない服は買わない」と発言し、なるほど!と思っていたら、
ここに背中チャックのドレスを強引に着るヒロインがいた。器用にフォークを使って。
彼女も独身。国際的コンサルタント会社勤務のキャリアウーマンだ。
そんな彼女の生活に親父が強引に割り込んできては、寒い笑いを振りまく。
働き過ぎを心配しての行為だと十分分かるのだが、最後に言葉でダメ出し。とことんダサい。
この親父のなら致し方ないが、作品を考えるなら蛇足では。
ただ本作、イネスの仕事からEUの経済地図が見えるのが興味深い。
ルーマニアの石油に群がる大国の金の亡者たち。社会風刺はパンチが効いている。
父のキテレツな愛情表現に感化され、娘の眠れるDNAが覚醒する
子にとって親の価値観とのズレは、悩ましく反発さえ抱くもの。親にとって子の世代の変化は、不可解で不安ゆえ冷静ではいられない。自由な気風で娘を育てたはずの戦後世代の父が、企業戦士となり人間性を押し殺して働きまくる彼女を気遣うあまり、突飛な行動に出る。その奇妙な風貌と言動は、息苦しい資本主義社会に風穴を開ける大いなる批判でもある。戸惑いと憤りを感じていた娘が、キテレツな父に感化されていくプロセスが絶妙。いや、眠れるDNAの覚醒というべきか。そして何より、コミカルかつ不条理な場面を、キャメラはただ淡々と静かに見守り、父と娘の間に流れる愛情をしっかりとすくい取っている。
しんみりもくれる、かなり変てこな父娘コメディ
偽物の入れ歯やおならクッションのような低レベルのおふざけが好きな父。キャリアのためならなりふりかまわず、家族はほったらかしの娘。「お前が疎遠にするから代理娘を雇うことにした」などという辛辣なジョークを言ってはみても、心の中で、父は、肩肘張りすぎている娘を心配している。
彼のハチャメチャ行動には笑わされっぱなし。一方で、映画の冒頭の愛犬の話やラストシーンなどでは、 彼が持つ優しさにしんみりさせられる。そんな魅力的なキャラクターだからこそ、引退していたジャック・ニコルソンもハリウッド版に出演を決めたのだろう。もっとも、この傑作をリメイクする必要はないのだが、それはいつものことか。
押し付けなくても伝わるのが本当の愛情では?
見ている間ずっと、自分の父親がトニでなくてよかったと安堵した。娘イネスに対する主人公の愛情表現が猛烈にうざったく、空回りする姿に哀切も感じる。突拍子も無い行為に走る主人公トニの気持ちには共感できない一方、そんな父親に困惑させられつつも幸せ”について考え始める娘の気持ちはしっかり伝わってくる。演じるザンドラ・ヒュラーのちょっとした仕草や声のトーンで感情を伝える演技が素晴らしい。個人的には愛情の押し付けに「?」となるが、人生の一瞬一瞬を大事にすべしとの監督の直球メッセージは胸に響く。『ラ・ラ・ランド』超えの高評価と喧伝されているが、比較すること自体がこの映画の魂に反してると思います。