ゲティ家の身代金 (2017):映画短評
ゲティ家の身代金 (2017)ライター6人の平均評価: 3.8
舞台劇のような濃密&重厚さで魅せる実録ドラマ
大富豪ポール・ゲティの孫誘拐事件の顛末を描いた実録サスペンスの一方、見ごたえのある人間ドラマでもある。
物語を動かすのは基本的に会話。孫の母親は身代金を払うよう何度となく説得を試み、その度にゲティは拒否。彼らの言葉による攻防を軸に、ヒロインとM・ウォールバーグふんする交渉人の理解の深まりや、孫と誘拐犯の駆け引き、ゲティと交渉人の口論など、感情を高める場面ではつねに会話が弾ける。そういう意味では、舞台劇のつくりに近い。
実力派のキャストを揃えたのも、セリフの多さを考えれば納得がいくし、それに応える熱演ぶり。シェイクスピア悲劇のような後味を抱かせるラストも印象度大。
エイリアン前日譚にも似た冷酷さに魅入られた巨匠スコットの怪作
名家子息がテロリストに誘拐された事件をめぐる70年代初めの実話。リドリー・スコット監督作としては、我が子を救うべく奔走する母の物語という観点から『テルマ&ルイーズ』を始めとするヒロイン映画の系譜を思わせもするが、何より孫のための身代金支払いを拒否した老石油王の存在こそが際立つ。あわや、犯人側に感情移入したくなる程のヒューマニズムの欠如。クリストファー・プラマーの演技は、富豪の内面を多義的に表現してはいる。だが、決して犯人に屈しないスタンスの先駆けを称揚するわけではない。ふと思い出すのは、2本の『エイリアン』前日譚の感触だ。キーワードは冷酷。スコットは、人間性を超えた無慈悲さに魅入られている。
重要なのは資産で、愛なんて不要!
誘拐事件をめぐる攻防が犯人VS被害者家族だけでなく、被害者の祖父VS母親となるのが富豪一族ならではで、庶民の想像を超えるドラマが展開する。圧倒されたのは富豪ゲティで、奇人並みの言動に目が点。「テロリストとは交渉しない」アメリカ政府のような頑なさで身代金支払いを拒否する一方、訳ありの母子画に大金をポンと支払う金銭感覚にはうすら寒さを覚えた。演じたC・プラマーはリア王を彷彿させる人間的弱みも盛り込んだが、愛を求めない姿勢が逆に天晴れ! 資産が莫大だと次々に心配事が増え、自分しか信じなくなるのも仕方なしと納得する。プラマーの解釈が面白かったので、K・スペイシー版にも俄然、興味が湧いてきた。
富裕層独特のマインドに迫る秀逸なケーススタディ
最愛の孫が誘拐されたにも関わらず、その身代金の支払いを拒否した世界一の大富豪ジャン・ポール・ゲティの実話を基にしたサスペンス。資産総額を考えれば微々たるような金でも徹底的にケチるゲティ、対して息子を救い出すために万策を尽くす庶民の母親。その対比によって富裕層独特のマインド、つまり彼らはなぜ圧倒的に金持ちなのかという核心に迫る。誘拐犯の方がよっぽど人間的に見えるのは皮肉だ。
降板したケヴィン・スペイシーの代役として、たった9日間の追加撮影でゲティ役を演じたクリストファー・プラマーの存在感は圧倒的。これぞ名優だ。なお、誘拐された孫の息子が『ロスト・ハイウェイ』などの俳優バルサザール・ゲティ。
このゲティ像には監督自身が重なって見える
リドリー・スコット監督が描く大富豪ゲティ像が興味深い。もちろん実話を元に誘拐事件をサスペンス満点に描く作品なのだが、監督の興味は、事件の関係者の一人、大富豪ジャン・ポール・ゲティを通してある価値観を描くことにあったように見える。この人物、誘拐された孫の身代金を払うのを渋る億万長者は、通常なら批判の的になるだろうが、リドリー・スコットは彼をそのようには描かない。彼の行動の背後にある理念を描き、彼をその信念を貫いた人物として描く。そして、そこには監督の共感が感じられるのだ。監督も「映画を見終わったら、彼のことが好きになるだろう」と発言。このゲティ像には、スコット監督自身が重なって見える。
優れたスリラーだが、それ以上のことも考えさせる
L.A. 在住の人間にとって、ゲティ美術館はおなじみの場所。この大富豪について少しは聞いていたが、まさかここまでドケチ人間だったとは。それでも、薄っぺらい、ただの悪人になっていないのは、脚本と演出、そしてクリストファー・プラマーのおかげだ。もともとはケビン・スペイシーが演じていたのを、セクハラ暴露によってどたんばでプラマーによって再撮されたのだが、今となっては彼以外の役者は想像しがたい。北米公開まで6週間になった段階でこれが実現したのは、まさにスコットとプラマーがベテラン中のベテランだから。お金というもののについて考えさせもする、優れたスリラー。