ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス (2017):映画短評
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス (2017)ライター6人の平均評価: 3.8
老いても大事なのは艶。90翁の下ネタ話を肝に銘じる。
二十年近く前、大ブームとなった「BVSC」。NYコンサートの大成功後、ほとんど固定メンバーのバンド形態となったキューバのミュージシャンたちは老齢に鞭打つように世界中を飛び回ることに。映像はやや前作の使い回しが多いものの未発表映像も興味深く、中でも初ライヴ前のリハで「機械でチューニングするやなんてホンマもんやない」などと難クセつけて自流の調弦を押し通そうとするコンパイ・セグンドには爆笑苦笑。セッションに呼ばれるまで歌をやめ靴磨きをしてたI.フェレールと、トップ歌手のひとりになっていたO.ポルトゥオンドとの感動的な再会から始まる終生の絆、そして若かりし頃のレアな共演フィルムは落涙ものだ。
ルーツを掘り下げレジェンドに捧げる、不滅のキューバ音楽讃歌
ヴィム・ヴェンダースによる前作が表層的なものに思えるほど、ドキュメンタリー作家ルーシー・ウォーカーによる今作は、レジェンド達とキューバ音楽を深く掘り下げる。あれから18年、バンドメンバーのうち何人かは他界していた。社会現象を巻き起こしたバンドの“さよなら”ツアーに密着しながらメンバーに肉薄し、明かされるキューバの音楽的ルーツ。アフリカ×スペイン×アメリカの奇跡的融合――つまり国の歴史が生んだ苦悩の音楽でもある。そうした曲に魅了されるのは痛みや悲しみに共鳴するからだろうか、と思いを馳せた。オバマからホワイトハウスに招かれ、演奏したのは過去の話。老いは不可逆だが、時代は逆行することを思い知る。
人生の最後まで音楽を愛し音楽に生きるという幸福
キューバ音楽の魅力を世界に知らしめた前作から19年。その間にアメリカとキューバは国交を回復し、当時既に老齢だったミュージシャンたちの多くが鬼籍に入った。今回は残されたメンバーたちによる最後のワールド・ツアーをカメラで追いつつ、同時にキューバ音楽の知られざる歴史、そして故人を含めたメンバーたちの波乱万丈な人生の軌跡が語られる。いや、むしろそちらが主軸だろう。
恐らく映像作品としての完成度は前作の方が高いが、しかし中身の濃さでは全く引けを取らない。まさに生涯現役。人生の最後まで音楽を愛し音楽に生きるレジェンドたち、そんな彼らの奏でるサルサのリズムに身を委ねる老若男女。なんと幸福な光景だろう。
人生の「最期」の理想型も見える
映画のスタイルとしては、ヴィム・ヴェンダース監督だけあって、前作『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』に軍配が上がるだろう。しかし内容としては、今回の方が濃厚&充実。前作が不要とさえ感じるほどで、悲痛な部分も含めたキューバと音楽、メンバーの歴史と、現時点でのリンクが鮮明に立ち上る。
バンド結成から20年以上を経て、今でも音楽活動を続ける者。そして遠くへ旅立った者。おたがいへの思いは、カリブの太陽のごとく、湿っぽくはならず明るく慈愛に満ちている。何より感動するのは、死の4日前もステージに立ったメンバーなど、最後の瞬間まで大好きな音楽と共にあった事実。まぶしいまでに美しい人生が凝縮されている。
後日談でありつつ、副読本にもなっている
1999年製作の名作音楽ドキュメンタリー「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の後日談かつありがたい副読本。まず前作のミュージシャンたちが、あの映画の後、世界中で喝采を浴びた様子が描かれて、その時の彼らの嬉しそうな笑顔を見るだけで幸せな気持ちになれる。加えて、キューバ音楽の歴史の概要も分かる。ミュージシャンの一人が口にする"私たちのライブを楽しんでいる観客たちは、この音楽の歴史を知っているのだろうか"という疑問を発端に、キューバのポップ音楽の歴史が凝縮して語られる。それに関連してミュージシャンたちの生い立ちも描かれる。こうして'99年の映画の後日談でありつつ、ある意味で前日談にもなっている。
アルセニオ・ロドリゲス、カストロ&ゲバラ、そしてBVSC
カストロ死去のニュースに続き、まずはモノクロ映像で伝えられるキューバの歴史。16世紀にアフリカから到着した奴隷達がいかなる背景で独自の音楽を生み出したか、その流れのひとつの到達点にBVSCの偉業を位置づける。‘99年のヴェンダース監督版が横軸のスケッチに徹したのに対し、こちらは縦軸のアプローチで奥行きと未来展望を照射する構成だ。
元々の仕掛け人、レコードプロデューサーのニック・ゴールドの話が聞けるのも嬉しかったが、やはり亡くなった面々を含むバンドメンバーの証言が貴重。音楽的ルーツ、人生哲学などたくさんの言葉があふれる。イブライムとオマーラのソウルメイト的な絆のラブストーリーにも心打たれた。