東京不穏詩 (2018):映画短評
東京不穏詩 (2018)ライター2人の平均評価: 4
リアルな違和感に引き込まれる
さすがはCGアニメーター出身のインド人監督に、ドキュメンタリー畑出身のエストニア人の撮影マンら、多国籍スタッフによる日本映画。こんなタイトルにも関わらず、30分で舞台を長野に移し、日本人じゃ考えないような音楽の使い方もする。実家のTVから『東京物語』の音声が聴こえるシーンはホラーであり、バーベキューのシーンなど、三宅唱監督作にも通じるグルーヴ感もアリ。とにかく、登場人物に恐ろしいぐらい感情移入できないのに、先が読めない展開に引き込まれてしまうのだ。そして、画力のスゴさに、意識高い系ヒロインを演じる飯島珠奈の肉体が魅せる圧倒的な存在感。いろんな意味で、打ちのめされる一本である。
外国人監督がリアルに切り取る日本社会の暗部
日本在住のインド人であるアンシュル・チョウハン監督以下、主要スタッフはほぼ外国人という異色の日本映画。少女時代からずっと父親に、恋人に、高級売春クラブのオーナーに、そしてその客たちに性搾取され、自らもそれを無意識のうちに受け入れて「女性」を切り売りしてきた女優志望のヒロインが、ある事件をきっかけに東京から故郷へ戻る。日本語の文法的にやや不自然なセリフが気になるものの、日本社会のある暗い一面を切り取ったチョウハン監督の筆致は痛々しいまでにリアル。なにより、虐げられ続けた若い女性が、それゆえに導かれる宿命的な悲劇と対峙し、やがて自己を解放するに至るまでを体当たりで演じる飯島珠奈が圧巻だ