この茫漠たる荒野で (2020):映画短評
この茫漠たる荒野で (2020)ライター4人の平均評価: 3.8
演技とテーマ、アクションの高度なバランス感がもたらす後味
すでに各賞にノミネートされているとおり、ヘレナ・ゼンゲル(2008年生まれの天才子役)が、英語も話せない少女の過酷な運命と、周囲に心を開く成長曲線で、主演トム・ハンクスを霞ませるほどの堂々たる存在感。
「人々に真実を伝える」「戦いの虚しさ」「多様性」という骨太なテーマをきっちり芯に据えつつ、ポイントでは銃撃戦、馬車の追撃など緊迫&ド派手アクションでテンションを上げる、まさに「ザ・ハリウッド」なバランスの良さ。監督にしてはエンタメ色も濃い。
職人技の音楽、雄大な映像美も含め、配信の他のアクション大作以上に、劇場の大スクリーンで「感じたい」作品だった。それもバランスの良さがもたらす後味なのかも。
アメリカの融和に希望を投げかける西部劇
オーソドックスな西部劇にトランプ政権下で明らかになったさまざまな問題を投影させている。主人公は先住民に誘拐された少女を家に送り届ける使命を自らに課す退役軍人キッド。二人の前に立ちはだかる人種差別主義者や極端なイデオロギーを掲げる人間などがMAGA派にしか見えず、アメリカの民主主義は砂上の楼閣でしかなかったと思えてくる。だからこそ“人間としてやるべきこと”をまっとうするキッドの決意と利他的な行動が心にしみる。私もこうありたい! 融和を目指すアメリカ、いや世界にとって一種の希望のような作品だろう。アメリカの良心ともいえるT・ハンクスはまさに適役だし、少女を演じるH・ゼンゲルの存在感が光っている。
グリーングラスらしくなくもあり、らしくもある
トランプ政権下以外でアメリカが最も分断していたのは、南北戦争とその直後。その時代を舞台にした今作は、だから、とても今に通じる。そこは時事的なテーマを取り上げることを得意とするグリーングラスだ。ハンクス演じる主人公が、いくつもの新聞を持って、馬車で村から村を回ってはそれらを読んであげていたというのも、24時間絶え間なくニュースが舞い込む現代に生きる者としては、感慨深い。グリーングラスにしては珍しく静かで落ち着いた映画で、手持ちカメラを使っていることもすぐには感じられないのに、アクションシーンが始まるとスリル満点なのはさすが。主人公と英語を喋らない少女が心をつないでいく様子に感動させられる。
分断からの再生を西部劇の形式で描く
南北戦争の5年後を舞台に、南部と北部、支配者層と労働者層に分断された世界を描き、この国が今だけでなく過去にも2つに分断されたことがあり、それを乗り越えてきた歴史を持っていることを思い出させる。
しかも形式は"西部劇"。この国の創成期の物語を描いてきた形式だ。主人公は古びた馬車で町から町へと旅をし、馬車と馬の追跡もあり、岩場での銃の撃ち合いもある。
それと同時に、本作が描き出すのは"物語というものの持つ力"。主人公は旅先の人々に新聞を読み聞かせて物語を伝え、人々を笑わせたり奮い立たせたりする。当時は新聞が果たしていたその役割を、今は映画が果たすーーそんな宣言も聞こえてくる。