世界で一番美しい少年 (2021):映画短評
世界で一番美しい少年 (2021)ライター5人の平均評価: 4.2
50年の時を経て明かされる真実に胸が痛む
『ベニスに死す』で一躍世界的な美少年スターとなったビョルン・アンドレセン。あの作品が彼にとって大変な重荷となったこと、中でも見知らぬ他人から容姿の美しさだけでジャッジされ、大人から性的な欲望の視線を向けられた経験が深いトラウマになったことは、何年も前に海外の英文記事で読んで少なからず驚かされたが、これはそこを含めた彼の複雑な半生を本人への密着取材で紐解いていくドキュメンタリー。未成年の性的対象化やルッキズムの孕む危険性は、主に女児のケースで語られることが多いため、そういう意味でも本作は重要な問題提起となるだろう。それにしても時代が時代とはいえ、ヴィスコンティのあの発言は本当に酷い。
残酷な神が支配する「ミューズ」論
『ミッドサマー』の北欧の村で見せた風貌、ほぼまんまで登場する現在のビョルン・アンドレセン――60代になった彼の私生活と、『ベニスに死す』の「落差」がまず差し出される。その巨大な隙間に、複雑に乱反射する光と影を必要以上に整理せず映したことで余りにも深い味わいを生んだ。
ヴィスコンティへの告発性も確かに含むが、タッジオという神話的アイコンが(クイーンの初期と並んで)70年代少女漫画の重要なインスパイア源となった歴史は池田理代子が明確に証言する。明治チョコのCMソング『永遠にふたり』など日本での騒乱の日々が甘い郷愁ともなっている辺り、厳しい運命を生きてきた者の詩情と両義性を象徴するのかもしれない。
狂騒と、時代の変遷に翻弄された、元美少年の記録
『ベニスに死す』のオーディション風景で当時15歳のビョルンが服を脱ぐことを命じられるが、本作のこの冒頭に、まずギョッとさせられる。
重点を置くのは、同作で美少年ともてはやされた以後のビョルンの数奇な生。狂騒に消費され、大人になる頃には人生に疲れ果てていた。『ミッドサマー』への出演を含む彼の現在の姿には枯れた寂しさと、生き延びた強さが同居する。
大人が芸術のために、右も左もわからない子どもの後の人生を犠牲にして良いのか? 現代の価値観ならノーだろう。しかし半世紀前の価値観は、そうではなかった。時代の違いは、許容されるものとされざれものの違いでもある。そんなことを考えさせる秀作。
今の基準なら虐待と訴えられかねない、衝撃のオーディション
美しいものは「愛でる」側に幸せをもたらす。逆に「愛でられる」側はナルシストでない限り、なんの幸せも感じない。そんな事実を鋭く突きつけられ、ひたすら切ない気分に。『ベニスに死す』抜擢時のオーディション映像は見ていてあまりに辛い。
現在の風貌は、まるで80代の老人のようで(実際は66歳)、かつての美少年の苦闘の年月に思いを馳せる。「いろいろ起こると、むしろ生きることがラクになる」という本音はことのほか深い。『ミッドサマー』での復活も映画ファンとしてうれしかったが、本作を観ると素直に喜んでいいのか…。
「ベルばら」インスピレーションの源になった事実やCM出演、レコード発売など日本のエピソードは貴重。
日本での美少年ブームにも追究
『ミッドサマー』に特別出演し、まるでガンダルフのような容姿といきなりの断崖ダイブで、強烈なインパクトを残したビョルン・アンドレセン。その撮影風景も収めつつ、半世紀前の『ベニスに死す』&ヴィスコンティ監督との出会いから始まった彼の波乱な人生を振り返る。ある意味、映画界の闇をめぐる“告白映画”であり、彼が求め続けた家族映画なのだが、熱狂的だった日本におけるブームにもしっかり追究。「彼こそ「ベルばら」オスカルのモデル」と語る池田理代子や自身出演のCM曲をプロデュースした酒井政利との対談は見どころだ。その流れで、カラオケで持ち歌「永遠にふたり」を歌うシーンは妙に感慨深い。