ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ (2021):映画短評
ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ (2021)ライター3人の平均評価: 3.7
アメリカ政府が恐れた名曲「奇妙な果実」
アメリカ南部で白人による黒人へのリンチ殺人が横行していた時代。木に吊るされた黒人の死体を果実に例えたプロテストソング「奇妙な果実」を歌うジャズ歌手ビリー・ホリデイ。そんな彼女の存在を危険視したFBIが、公民権運動の芽を摘むためビリーの弱点である麻薬にターゲットを定め、そのキャリアを破滅させようとした…という実話に基づく作品。人種差別に女性差別という二重の抑圧に苦しんだ彼女の壮絶な半生と共に、本作では差別から身を守るため権力や多数派に従順であろうとする黒人たちの姿も描く。だが、物わかりの良い少数派は都合良く利用され搾取されるだけ。抵抗しなければ魂の尊厳まで奪われてしまうことを思い知らされる。
「奇妙な果実」と「Rise Up」の二重写し
『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』(06年)を連想するタイトル。公民権運動の発火に繋がる“危険な歌”としての「奇妙な果実」の位相から伝説のジャズシンガーの肖像を捉え直す。ビリーに接近する捜査官J・フレッチャーの変容が、そのまま本作の“愛と正義"の形となる作劇が巧い。
カーネギーホールの復活LIVEまでを描いたダイアナ・ロス主演の伝記映画『ビリー・ホリディ物語』(72年)が『シンデレラ』のハードな変奏と呼べる枠組みだったのに対し、今作は麻薬問題の根も見据えつつ政治的視座を強調。BLMの闘士でもあるアンドラ・デイが“レディ・デイ”を見事体現。ガチな迫力でこの時代に立ち上がった。
その再現は最難関とも思える伝説シンガー、挑んだ勇気に拍手
A・フランクリンやJ・ガーランドなど伝説のシンガーを描く作品が目立つが、このビリー・ホリデイの再現はハードルが高い。熱唱型ではなく、ただ感情を込めればいいのでもなく、繊細な音の動き、あえて抑え気味の声が魅力だから。アンドラ・デイは自身の持ち味を必死で消し、口の開け方など細部も研究し、最も偉大なジャスシンガーのパフォーマンスに祈りと魂を込めた印象。
少女時代の悲劇から、いわれなき差別のエピソードなど、その人生を初めて知る人にとっては衝撃度も高いはず。
監督が監督だし、今の時代の流れを考えると、レズビアンの側面がもっと掘り下げられるかと思った。中途半端な描写だと、かえって余分に見えてしまう。