キリエのうた (2023):映画短評
キリエのうた (2023)ライター4人の平均評価: 4.5
「憐れみの賛歌」という名を持つ女性に幸あれ。
岩井俊二という作家の様々なエッセンスが詰まった作品だ。カリスマ的な歌手という点では『リリィ・シュシュのすべて』を想起させるが、あれほど凶悪ではなく、『花とアリス』や『リップ・ヴァン・ウィンクルの花嫁』に近いシスターフッドな関係が強く感じられる優しき映画。とりわけアイナ・ジ・エンドの存在感がまったくもって素晴らしい。彼女は行定勲の短編作品などでも女優の資質を見せていたが、ここからもっと成長するのではないか。さらに広瀬すずが今までとは一風変わったキャラを演じていて、これもまた良い相乗効果を招いている。それと共に3.11に関して多大な発信を続けてきた岩井の一つの解答でもあるのを忘れてはならない。
もはや、“岩井俊二版『君たちはどう生きるか』”
音楽映画としての醍醐味に加え、どこかで観たようなショットや贅沢なキャスティングなど、集大成感が強く、そういう意味でも“岩井俊二版『君たちはどう生きるか』”。意外にも思えたアイナ・ジ・エンドのヒロイン抜擢に関しては、彼女の圧倒的な歌唱力とパフォーマンス力を引き出し、しっかりグリコ(CHARA)、リリイ(Salyu)に続く“岩井美学”の歌姫に化けさせている。『はなれ瞽女おりん』のオマージュを感じつつ、東京~帯広~大阪~石巻を横断する13年間の物語は、ほぼ同じ尺の『リップヴァンウィンクルの花嫁』に比べると、かなり強引でとっ散らかっている感もあるが、それでも観る者を飽きさせないのは、さすがの一言!
岩井俊二監督の音楽映画 最新章
もともと音楽が重要な要素を担ってきた岩井俊二監督作品ですが、ここまで音楽を前面に押し出した映画というのは久しぶりですね。広瀬すずや黒木華といったこれまでのヒロインを務めた面々で脇を固めつつど真ん中に選んだのがアイナ・ジ・エンドと松村北斗というカップリング。歌姫を大々的にメインキャストに据えるというのも、”岩井俊二監督の音楽映画”を見てきた人たちにとっては嬉しいですね。オリジナル楽曲も多いのですが、既存の楽曲のカバーも多いのが珍しくて良かったです。思わず口ずさみたくなる場面も多い3時間の音楽劇でした。
蓄積され時に爆発するドラマと音楽に感動も、賛否は分かれるかも
『スワロウテイル』など岩井監督作のかつての記憶が甦る瞬間も何度か訪れながら、いくつもの支流に分かれていた物語が、ゆっくりと交わり、大河になっていく感覚が異常に心地よい。アイナ・ジ・エンドの歌唱に軸を置いた音楽の反響が、その大河に美しい波を形成していくかのよう。ゆえに上映時間180分は長く感じなかった。
目を背けたくなる衝撃描写も、ためらいなく演出され、本能的に心をかき乱す。そこも監督らしい。
映画のパワーに圧せられ、激しい感動に襲われたのは事実だし、物語が描く13年を観る人それぞれが重ねたくなるのは確か。では作品自体からどんなメッセージが伝わってきたかを振り返ると、そこは微妙な印象ではあった。