アウシュヴィッツの生還者 (2021):映画短評
アウシュヴィッツの生還者 (2021)ライター4人の平均評価: 3.5
壮絶なストーリー。ラストはとても美しい
とにかく壮絶な実話。なんと非情で残酷なのかと思っていたら、ストーリーが進むうちにもっと悲惨なことが明かされる。選択の余地がない状況に置かれた主人公。だが、本当にそうだったのか、自分には選択があったのではと、彼は、罪悪感とトラウマの間を行ったり来たりする。同時にまたこれは愛についての映画でもある。彼が地獄を生き延びられたのは愛があったから。そして、まだ毎日を生きていられるのも愛のおかげ。それを感じさせるラストシーンは素晴らしい。主演のベン・フォスターは、肉体面で役のために大変身しただけでなく、非常に複雑で繊細なニュアンスのある演技を見せる。個人的に、彼は今最も興味深い役者のひとりだ。
C・ベール、デ・ニーロに匹敵する肉体改造、28kg減量は衝撃
収容所での“骨と皮”レベルの痩せた姿、そして戦後のプロボクサーとしての筋骨隆々の肉体。2つの時代を演じ分ける上でのベン・フォスターの体重の増減は、顔も別人としか思えない変貌に驚く。そんな役者魂が映画全体に憑依したケースと言っていい。
視覚的にも、精神的にも凄まじく痛ましいのは、収容所でのボクシングシーンである。主人公ハリーがなまじ強いだけに、対戦する仲間は死をも受け入れる。むしろガス室で最期を迎えるより、幸せだと言わんばかりに。その光景をナチス側が楽しむという構図は、じつに胸クソ悪く、その意味で本作の見せ場となる。
戦後のハリーの拠り所、その展開は、甘くロマンティックのようで現実的でもあった。
人類史上、もっとも非道で残酷なボクシング
人類の歴史上、こんなに非道で残酷なボクシングが本当にあったのかと愕然とする。アウシュヴィッツの収容所の中で行われた賭けボクシング。殴り合うのはユダヤ人同士。金を賭けるのはナチスの将校たち。負けたほうはその場で射殺。そんな地獄をくぐり抜けてきた男の実話。やはり実話をもとにした『アウシュヴィッツのチャンピオン』と同じシチュエーションだが、こちらは彼が戦後どのような人たちと出会い、どのように自分を解放することができたかを描く。ホロコーストの時代から壮年期までをひとりで演じたベン・フォスターがすさまじい。ナチスの所業と戦争の愚かさを絶対に忘れないというハリウッドの映画人たちの気概と執念を感じる一作。
"生き延びる"という行為はずっと続いていく
生き延びるとはどういうことか。それは、過酷な環境から脱出することではない。それは、その後に長く続いていく生活の中で、夜中に自分の叫び声で目覚めずにすむようになることであり、自分のかつての行動の醜さと向き合うことであり、現在の自分を受け入れることである。それをこの映画は描く。
原作は、主人公のモデルとなった実在のアウシュヴィッツ出身のボクサーの人生を、その息子が描いたルポルタージュ。収容所で強要されてボクサーになった男が、離れ離れになった愛する人を思い続けつつ、チャンピオンに挑戦することを決意する。長い時間の中で、心情だけでなく容姿も大きく変貌していく主人公をベン・フォスターが熱演。