理想郷 (2022):映画短評
理想郷 (2022)ライター2人の平均評価: 5
「こことよそ」の恐怖と超克
『ヨーロッパ新世紀』と『ガンニバル』の間とでも言うべきか。最近世界で同時多発している対立や分断を主題とした映画の中でも、『悪魔のいけにえ』にも近いホラー的なエグみが際立つ。異邦の地とも呼ばれるスペイン北西部ガリシア地方のディープな村に、意識の高いフランス人夫妻が越してきてエラい目に遭う。ベースとなった事件の被害者はオランダ人夫妻だが、仏に変える事で力学の図式を明確化させた。
全体は二部構成。名優ドゥニ・メノーシェ演じる元教師が、知的なぶん脆弱な野獣として村のハードコアな兄弟と激突。男性性の闘争を打ち出した前半部に対し、女性性が核にせり上がる後半部はゾロゴイェン監督の前作『おもかげ』に通じる。
夫の視点から妻の視点へ、スリラーは変容する
夫の視点でスリラー色を深めていく前半から、妻の視点でドラマへと寄っていく後半へ。この流れが、なんとも巧い。
力ずくで野性の馬を取り押さえる男たちの姿を追ったオープニングは、その後に続く夫の受難へとつながる。暴力的で荒々しく、不穏。しかし妻の物語に変わるや、それはサスペンスを保ったまま穏やかに、愛の物語へと変容。その美しさがシミてくる。
夫婦を脅かす、貧しくて粗野な村人たちの言い分がわかるのもミソで、多角度的な人間ドラマはじつに豊潤。獣性と理性、男と女、恐怖と愛……さまざまな対比が興味深い。いつもは怖い(?)D・メノーシェか怖がる役というキャスティングも絶妙。