ビヨンド・ユートピア 脱北 (2023):映画短評
ビヨンド・ユートピア 脱北 (2023)ライター5人の平均評価: 4.8
今、日本が観るべきヘビー級ドキュメンタリー
撮れたことが奇跡とも思える映像の凄みに、まず圧倒される。脱北と言っても、北朝鮮から韓国へと国境を越えるのは不可能。成功には中国からベトナム、ラオス、タイと多くの国境を越えなければならない。
当然、どの国境を無断で越えるのも困難が伴う。本作ではある家族の脱北までの道のりが描かれているが、とりわけ深夜に山道を何時間も歩いて深夜を越える記録映像に、とてつもない緊張を強いられる。
あまりに情報が少ない北朝鮮情勢や、西欧の北朝鮮観を知る上でも興味深い。ミサイル実験のニュースを頻繁に目にしてはゾッとする、そんな日本に必要な映画かもしれない。
どれだけ優れたフィクションも敵わない脱北密着映像の迫力
80歳の祖母を含む5人で中国との国境を越えた家族と、生き別れになった17歳の息子を韓国へ呼び寄せようとする母親。北朝鮮からの脱出を試みる2組のケースを捉えたドキュメンタリー映画だ。脱北を支援する地下ネットワークの協力もあって実現したという密着映像は、どれだけ優れたスリラー映画が束になっても敵わないほどの緊張感が漲る。と同時に、生まれ育った土地への愛着、それでも生きるために死を覚悟して国境を超えるという覚悟、離ればなれになった家族への愛慕など、当事者たちの様々な感情が洪水のように押し寄せ、故郷や家族を想う人間の気持ちに国境など関係ないことを思い知らされる。
驚愕、衝撃の連続。必見のドキュメンタリー
移民、難民の多くは「もっと良さそうだから」ではなく、生き延びるための唯一の手段として来る。それはしばしば言われてきたことだが、ここに出てくる人たちはまさにそう。脱北はとても危険で、何の保証もなく、途中で捕まったり、事故で命を落としたりするかもしれない。イタリア映画「Io Capitano」にも通じるものがあるが、この映画はリアルな映像なので(よく撮ったものだ、)より驚愕。彼らのためにリスクを重ねるキム牧師の勇気とヒューマニティに脱帽。なんとなく知っているつもりの北朝鮮の歴史と現状についても改めて唖然とさせられ、21世紀の今、こんなことが許されて良いのかと心が重くなる。必見のドキュメンタリー。
想像を絶する「脱北」のリアル
「脱北」という言葉は多くの日本人が知っているが、実態は知られていないのではないか。北朝鮮から韓国へ38度線をひょいと超えていけるわけではない。北朝鮮から中国へ行き、ベトナムからジャングルを超えてラオスに渡り、さらにタイにたどりつかなければ自由は得られない。移動距離1万2000キロ。全部密入国であり、警察に見つかれば強制送還され、拷問されて殺される。本作は幼い子ども二人と80歳の祖母を含む家族5人が挑んだ想像を絶する脱北のリアルを描く(故郷に家族を残してきた脱北者の苦悩も)。観ている間、ずっと息も胸も詰まり続けていた。健気で優しく忍耐強い子どもたちが、どんなときに涙を流すのか見届けてほしい。
脱北を助ける人たちだけでなく、映画の作り手の覚悟も超級
脱北する家族、その道中の過酷さは言うまでもないが、この状況を撮影して大丈夫なのか?と、多方向からの緊迫がみなぎる。
脱北者の証言から伝わる北朝鮮の現実は改めて衝撃&呆然の連続で、各国で公開することで作り手に何か危機が及ぶのではないかと、そこも心配に。
アメリカ人は「平気で人を殺す」と刷り込まれ、何かにつけ金総書記への尊敬を口にする80代の祖母が、アメリカ人の撮影クルーにどんな思いを抱くか。そこが本作のポイントでもある。
こうした作品を観ると権力者によるプロパガンダ支配の恐怖を痛感すると同時に、われわれも一面的な情報に躍らされてないか。むしろ何も知らず生きてる方が幸福かも…など千々に心が乱れる。