激震の雨傘運動、中国返還20周年…香港映画界の今(2/4)
映画で何ができるのか
「雨傘運動」で露呈した権力の力

Q:それにしても2014年の「雨傘運動」は、台湾のひまわり学生運動に続いて大学生たちがデモの指揮を執り、政府に異を唱える光景に驚きました。しかも「雨傘運動」の時は公道を79日間も占拠していた。その間皆さんも、仕事にはならなかったのではないですか?
ヴィンセント監督:他に仕事があった訳でもないので、ワンチャイにある事務所にはスタッフすら来なかったですね(苦笑)。僕は香港バプテスト大学で講師をしていて、そこは中国からの留学生が多いのですが、皆「雨傘運動」の現場にカメラを担いで撮影に行ってしまっていました。
Q:皆さんの製作活動においても影響が大きかったようですね。今回の日本・香港インディペンデント映画祭でも、「雨傘運動」を描いた映画が3本(『乱世備忘-僕らの雨傘運動』『表象および意志としての雨』『九月二十八日・晴れ』)上映されています。
マック監督:わたしはテレビ局に勤めていて、プロデューサーとして応募されてきた番組企画を審査する立場にあるのですが、最近、興味深い傾向があることに気付きました。2014年に雨傘運動が起こった時には、120本の応募作のうち、3分の1は運動を題材にした内容でした。それが昨年あたりから減少していて、今はほとんどありません。

リタ監督:わたしも大学で映画の教鞭をとっていて同様の傾向を感じています。2015年は学生の課題のほとんどが「雨傘運動」に関するものでしたが、今年に入ってから学生運動や社会運動をテーマにした内容は皆無。代わってラブストーリーや普通の人間ドラマが増えました。
Q:自主規制とか、何らかの圧力を感じて減少した……ということですか?
マック監督:そうとは限りません。運動が起こった時は衝撃もあって、自然と反応も大きかったが、今は多少落ち着いてきたのでしょう。一度、客観的になるのは良いことだと思います。
リタ監督:わたしの教え子たちの中でも、卒業してからも関心を持って「雨傘運動」のその後を撮り続けている人も多いです。
リム監督:2015年から10年後の香港を描いたオムニバス映画『十年』(7月22日公開)のウォン・フェイパン監督は、リタ監督の教え子です。
Q:『十年』といえば、中国共産党の管理化がさらに進み、どれもこれも暗黒の世界でしかない話だったために、党がピリピリしているという話題の映画ですね。
リタ監督:わたし自身も最新作で、2011年から2014年の香港で起こった社会運動を取り上げた『スードウ・セキュラー(英題)/Pseudo Secular』(2016)を製作しました。
チャン監督:その現象は興味深いですね。僕の周りでも「雨傘運動」を巡るドキュメンタリーは7、8本作られていると思います。運動から約3年になりますが、香港の状況は一向に改善されず、むしろ(今年3月に行われた香港トップを決める行政長官選挙で親中派が支持した林鄭月娥氏が当選し、中国共産党の圧力は)強まっているように思います。なので今の香港を刺激するような作品は、もっと増えていくのではないかと思います。

Q:皆さんはこのような反政府的な言動をしていて大丈夫なのでしょうか? 香港俳優チャップマン・トーは、台中間サービス貿易協定強行採決に異を唱えたひまわり学生運動が起こった際、立法院を占拠した学生を支持し、さらに「雨傘運動」も支持したことから、中国人や親中派の反感をかい、中国映画界から締め出されるという事態に陥りました。
チャン監督:僕たちは知名度もないのでまだまだ……。彼の場合は影響力があるので一種の見せしめでしょう。先に挙げた映画『十年』も公開当初は1館からスタートしたので話題になりませんでしたが、評判が口コミで広がって影響力が大きくなってから、上からの圧力がかかりました。
Q:2016年の香港電影金像奨で最優秀作品賞の受賞が確実と噂されると、中国当局がテレビ局やネット通信会社に授賞式の生中継禁止を通達したことが報じられました。“思想的危険物”という扱いだとか。
リム監督:『十年』は今や中国本土で上映禁止とされています。語ることもご法度です。

チャン監督:僕たちも有名になったら同様の措置を受ける可能性があるでしょう。それ以前に、香港藝術発展局に助成金を申請しても、もう許可を得られないのではないか? ということを心配しています。
Q:香港藝術発展局の助成は、企画の政治的思想も審査の対象になるのですか?
ヴィンセント監督:香港藝術発展局の助成ポリシーとして“支援した作品やイベントに対して、自分たちの立場は表明しない”というのがあります。実際、審査員にはさまざまな立場の方が参加しているので、客観的に審査が行われていると思います。ただ香港藝術発展局は法定機関であって、彼らも政府に予算申請をして事業を行っています。ですから、今後、企画内容に関しても厳密な審査が入る可能性が出て来るかもしれません。
リタ監督:実際に審査している証拠はないですが、わたしの新作『スードウ・セキュラー(英題)/Pseudo Secular』は内容を“社会運動”と記して申請を出したら5回落ち、その言葉を除いた6回目に助成が下りました(苦笑)。
ウィリアム監督:そういう点では映画よりも、影響力の大きいテレビの方が政府からの締め付けが厳しいかもしれません。香港の民衆というのは、メディアにコントロールされやすいですからね。マスコミが話題にしなければ見向きもしません。そのぶん、わたしたちインディペンデントの映画製作者たちは自由な映画が作れるのですが(苦笑)。
マック監督:つい最近、ViuTVが製作した「詭探」というドラマのポスターが、警察からのクレームで取り下げられました。ドラマや映画で警察官の制服を着用する場合は事前申請して許可が必要なのですが、それをしていなかった。さらに警官がキョンシー退治をする内容で、挑発的なビジュアルだったから、放送前にドラマの中身を検閲させろと言ってきたらしい。香港警察は、「雨傘運動」のときに市民に暴力をふるった映像が全世界に配信され、イメージがよくない。しかもポスターの警官が、雨傘運動のイメージカラーだった黄色のネクタイをしているものだから「雨傘運動」を支持しているようにも見える。なのでなおさら過敏に反応したのでしょう。
リム監督:実際、法律で許可が必要となっているのでしょうが、昔だったら誰も申請しなかったし、文句も出なかったでしょう。所詮、映画でしょ? と片付けられるのがオチで。今はそうではないという事ですね。
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