ほかげ (2023):映画短評
ほかげ (2023)ライター3人の平均評価: 4.7
戦争孤児の目で描く愚かな大人の罪
子どもに暴力シーンを見せてはいけない、と大人は言う。成長に影響を与えるから、が理由だ。そう分かっていながら、なぜ今も昔も、暴力の最たるものである戦争に子どもたちを巻き込むのか? 本作の実質的な主人公である塚尾桜雅演じる戦争孤児を通して、我々に問いかける。彼の目の前で、戦争で心身壊れた大人たちは痴態も晒せば、残虐な行為も見せる。それどころか彼から親を奪ったのは大人であるはずなのに、孤児となった彼を蔑む。この少年がどんなトラウマを抱えて生きることになるのか? ゲットーを生き延びた少年のドキュメンタリー『メンゲレと私』と合わせて鑑賞することをオススメする。
「破壊された都市」の現場から歴史と今と未来を見つめる
塚本晋也監督が自著等で語っていた幼少期の闇の記憶――傷痍軍人が居るガード下の風景がタイムトンネルとなり、そこを抜けると終戦直後の闇市回りの世界に出るというイメージの回路。復員兵達の姿は『野火』の続編的と言えるが、趣里が体現する主題など『六月の蛇』から『KOTOKO』に至る「女性映画」の系譜にも連なる。
物語を回すのは戦災孤児の少年(塚尾桜雅)。子供が主人公格として立つ塚本作品は初めてだ。未来形の存在である彼は、暴力の覚醒装置である拳銃をどう扱うのか。『斬、』に続き、新たな戦争の時代になってしまった今への想いと祈りを伝える。ミニマムな構造の凝縮力において、やはり塚本映画は他の追随を許さない。
朝ドラとのあまりのギャップに驚く趣里。引き出した監督の凄み
戦争の焼け野原が残る時代、小さな飲み屋を営む女が自らの肉体を提供しても生きようともがく様(さま)で、激しいまでの感情の起伏、生存への情念、戦争で狂わされた怨念、さらに頼る者に愛を与えようとする献身…。これほど俳優の表現力が試される役は珍しいにもかかわらず趣里の全身全霊でぶつかってくる度胸に圧倒されるのみ。
メインの舞台になる店の閉塞感が見事に映画的に利用され、外のシーンでは別種の恐怖を与える瞬間もあり、そのコントラストが鮮やか。
塚本監督の戦争に対するスタンスと、『鉄男』『双生児』あたりの怪奇的センスも究極で相まって、心ざわめく時間が続く。限られた予算で深い世界に連れていく、そんな映画の見本。