ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ (2023):映画短評
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ (2023)ライター5人の平均評価: 4.4
ニューシネマでもオールドシネマでもなく、NOWなシネマ!
期待値をあまりに上げ過ぎて臨むと、やや間延びした前半の語り口に面食らうかもしれない。だが、クリスマス休暇中の寄宿学校に主要人物たちがホールドオーバーされ、物語のギアが変わるや、その停滞の時間さえもが愛すべきものとなる。
近年、こんなにもしっかりと「THE END」と銘打つ映画があっただろうか! アレクサンダー・ペイン監督の矜持だ。いわゆるアメリカン・ニューシネマ的スタイルに回帰するのは一歩間違えればノスタルジー趣味、却って「オールドシネマ」な陥穽に転がり落ちるものだが、絶妙なバランスで生成。“あの時代”以上に人心が荒んでいる今こそ必要な、これぞ「ナウシネマ(造語)」だと声を大にして言いたい。
拝啓ハル・アシュビー様
冬の米東海岸の雪景色。3人組のバランス。システム管理下のささやかな抵抗。見事なヴィンテージ加工を施した70sタッチや映像の質感も含め、これはもうアレクサンダー・ペイン監督が以前からベスト映画に挙げていた『さらば冬のかもめ』の巧みな再演である。軍隊を学校に替え、『ハロルドとモード』(C・スティーヴンス!)や『真夜中の青春』の心も加えたアシュビー愛の深さに泣けてくる。
むろん単なる模倣や再生産ではなく、エッセンス(本質、真髄)の大切な継承。圧殺されない個人の尊厳や反骨心。「塩梅」が命のどこまでも良質な語りの腕。劇中映画館で観るのはA・ペンの『小さな巨人』だが、それよりアイススケートの場面に感涙。
時代ものではなく、今が1970年だと想像して作られた
「サイドウェイ」を10回以上観た大ファンとしては、アレクサンダー・ペインとポール・ジアマッティが19年ぶりに組むというだけで大興奮。「サイドウェイ」とはまるで違うストーリーながら(ジアマッティ演じる主人公が先生というところだけは共通)、今作も人間味がたっぷり。ペインは、この映画を1970年が舞台の“時代もの”ではなく、自分たちが1970年に生きていると想像し、現代を舞台にした低予算の映画を作ろうとした。それは見事に成功していて、あの時代のタイムカプセルを見ているような気分になる。大規模なオーディションでアンガス役を獲得した、当時現役高校生だったドミニク・セッサにも感心。今後が楽しみ。
ただのいい人やいい子じゃないから気持ちいい
寄宿制学校のクリスマス休暇、帰るところのない生徒とその監督官の教師、次第にそれぞれの背後にある複雑な事情が明らかになっていく、というストーリー展開は予告編から推測される通り。なのだが、にも関わらず予想以上に感動してしまうのは、この2人の性格設定にあるのではないか。
教師も生徒も、規則をそのまま受け入れるようないい人やいい子ではなく、厳しい状況にただ押しつぶされてはいない。腹を立てるし悪口を言うし、やり返しもする。彼らの性格と、脚本に漂うユーモアのせいで、すべてが上手くいくわけではなくても、痛快な気分が残る。オスカー主演賞ノミネートのポール・ジアマッティの渋味の演技を堪能。
監督ならではの擬似家族の絆が絶味。奇跡の才能も発見
心に屈折や闇も抱えた、ちょい面倒くさい(でも共感してしまう)キャラが、他者との関係で軌道修正するプロセスを、とことん軽やかに描く。そんなA・ペイン監督作が好きな人には最高の贈り物。明らかに彼のひとつの到達点。脚本はペインではないが、気の利いたセリフのオンパレードに、ついつい頬が緩む。
アカデミー賞などでジアマッティ、ランドルフの演技が高評価だが、本作が映画デビューとなった“居残り学生”役ドミニク・セッサこそ、クセつよ系の難しい演技を嫌味なくこなす奇跡の逸材だと断言。
舞台となる1970年代初めの文化が彩りを与えるが、それ以上に全体のムードが70年代映画っぽいところも終始ホッコリさせる要因か。