動物界 (2023):映画短評
動物界 (2023)ライター4人の平均評価: 3.8
普遍的なテーマを寓話のような形で語る
渋滞で車が前に進まず、イライラしている時に起きた、ひとつの出来事。冒頭に出てくるそのシーンで、観客をいきなり物語に放り込んでいくのは効果的。自分たちと違うものを排除するのか、受け入れて共存するのかというタイムリーかつ普遍的なテーマを(『X-MEN』にも通じる)、人間が動物に変異するというメタファーを使い、寓話のような形で語っていく。そんな中、最も感情を揺さぶるのは父親と息子の関係なのだが、思春期の年齢である息子のアイデンティティ探しの話も入ってくるため、途中、父親がしばらく出てこなくなるのが残念。そこが違っていれば、ラストの感動はもっと強まったかも。このふたりの役者はどちらも優秀。
恐れというフィルターを外してこそ、見えるもの
人間が動物に変異する、奇病が広まる世界。そこから話をどう広げるか? ホラーとしてつくる道もあっただろうが、“それが現実の世界で起こったら?”というリアルな視点で物語を紡ぐ。
愛する家族がこの奇病に冒されたら、それは悲劇だ。しかし本当に悲劇なのだろうか? そもそも、それを病気と断じてよいのか? 本作を観ていると、そんなさまざまなことが頭をよぎる。
監督はコロナ禍のときに本作のアイデアを思いついたとのことだが、本作はパンデミック初期の過剰な恐怖の反応を連想させる。警戒は必要。しかし未知のものを恐れるな、向き合えーーそんなメッセージが聞こえてきた。
暗い森に、奇妙な生き物たちが潜んでいる
人間が動物に変貌するという奇病が蔓延する世界。少しずつ身体が変形していき、意識も変わり、言葉が話せなくなる。そうした変貌の途中の人々が隠れ住む森が、湿って暗く、生い茂る樹木の間から、奇妙な形の身体の一部が一瞬だけ見える。この魅惑的な森は、監督が思春期を過ごしたフランス南部の古い湿地帯で撮影されたとのこと。様々な寓意を読み取るよりも、この森の気配に浸りたい。
監督・共同脚本は、脚本家出身で本作が長編2作目の新鋭トマ・カイエ。撮影は監督の兄ダヴィ・カイエが手掛け、本作でセザール賞撮影賞を受賞。主人公の息子を、女優イレーヌ・ジャコブの息子ポール・キルシェが演じ、思春期の初々しさと屈折を体現。
ジャン=ジャック・ルソーから手塚・宮崎・岩明まで!?
コロナ禍の閉塞や混沌が色濃く反映されたであろう充実の近未来系で、アナログとデジタルを組み合わせた特殊効果も上々の出来。“ハリウッドの向こうを張る“仏製エンタメとしては久々の大玉ではないか。ゾンビ物の変奏とも言えるが、アニマライズのモチーフで風刺は繊細になり、手塚治虫の『バンパイヤ』や岩明均の『寄生獣』など日本の漫画も連想する。
ボディホラー的な身体変容が見せ場となるが、親子の物語としても感動的。トマ・カイエ監督は小津安二郎の『父ありき』からインスパイアされたらしい。息子エミールの名前は、自然回帰を説いたルソーの名著『エミール』からか。ドラマシリーズっぽい語り口でもあるので続編も期待したい。