めぐり逢わせのお弁当 (2013):映画短評
めぐり逢わせのお弁当 (2013)ライター5人の平均評価: 4.4
追悼イルファン・カーン様
溢れる知性と色気で、ハリウッドでも活躍したイルファン・カーン。彼の魅力が存分に生かされたのが本作。インドならではの弁当配達人などご当地色を盛り込みつつ、核となるプラトニックな不倫劇は米国映画『めぐり逢い』や『恋におちて』の影響を多分に感じる洗練さ。とはいえインドで不倫はご法度なワケだが、それを熟年寡の哀愁とダンディズムで観客に共感すら抱かせてしまうのがイルファンなのだ。また、気忙しい大都市で暮らす彼らが抱えている苦悩も、家庭不和に介護問題など私たちと変わりがない。グローバル資本主義で私たちは何を失ってきたのか。ムンバイの片隅で起こる小さなドラマを見ながら、我が身を省みずにはいられないだろう。
ムンバイに甦る「チャリング・クロス街」。
Eメールのように迅速ではないぶん、届くまでの時間が想いを醸成させる。今どきの世界で「書簡体」というつつましき物語形式を甦らせるにはどんな方法が?というので、あまりにもローカルな「弁当配達人」という素材に目を付けたのがこのムンバイ出身新進監督の聡明さだ。もっとも誰にも「チャリング・クロス街84番地」を想起させるし、ややつつましやかすぎるきらいはあるが、ローカルすぎる事象を組みこむことで他文化圏の観客の興味を惹起させ、「まだ見ぬ中年男女の交感」という古典的かつ普遍的な恋物語に落とし込んだ手腕は評価しよう。アート系であってもメインストリームへの愛情をどこかに忍ばせるインド映画の常はここにもあるし。
初監督作ながら洗練された大人のドラマ
“ダッバーワーラー(弁当配達人)”というインド独自の文化を扱い、イルファーン・カーン演じる主人公の名がタイトルの『サージャン/愛しい人』の主題歌が印象的に使われながら、ヨーロッパで高く評価されたのも頷ける。ラストシーンも含め、フランス映画の雰囲気が漂うなど、初監督作ながら洗練された大人のドラマなのだ。
しかも、SNS隆盛の現代、商業都市・ムンバイを舞台にしながら、決して若くない男女の文通というプラトニック・ラブがスパイスになり、岩井俊二監督の『Love Letter』の元ネタ『チャーリング・クロス街84番地』を思い起こさせてくれる。時にイラッとさせてくれる主人公の後任者のエピソードも巧い。
ホカホカ感が宿る、人間味にあふれた秀作
ミュージカルもアクションもないインド映画なんて…と思われるかもしれないが、本作に過剰なサービスは不要。監督が影響を受けたことを認めているとおり、インドの巨匠サダジッド・レイの人間ドラマに近い。
弁当の誤配から始まる、若い人妻と引退間近の初老男の交流。彼らの手紙をとおしてのやりとりを、じつにきめ細かく描いてみせるのが本作の秀逸な点。思いやりを積み重ねることで築かれる人と人との交流の温かさは、弁当のホカホカホ感と相まってシミてくる。
語り口はあくまでリアルで、テーマを押しつけてくるような威圧感はない。淡々としているぶん、エンディングは深い余韻を残す。大人の観客にぜひ見て欲しい。
縁は異なもの味なもの、を体感させる傑作!
弁当を食べる人のもとに届ける、インド特有の仕事のミスがきっかけで主婦イラとやもめ男サージャンが知り合う設定はロマコメ風。弁当に添える手紙で気持ちを通わせる展開も甘やかだが、2人を取り巻く環境は苦く厳しい。浮気な夫に悩むイラが家庭にしばられている姿は前近代的にも思え、心が痛む。そんな彼女が現状打破を願い、腕によりをかけて作ったお弁当が別の男性の心をつかむのだから、まさに“縁は異なもの味なもの”。劇的な事件は起こらないが、主人公2人の心境が徐々に変わっていく過程が心に沁み、優しい余韻を残してくれた。ちなみにイラが作るお弁当が本当に美味しそうで、見終わったらカレーを食べたくなるはず。