渇き。 (2014):映画短評
渇き。 (2014)ライター7人の平均評価: 4
露悪的・表面的・遊戯的に過ぎるけれども。
今回こそ原作について「ただの一行も共感できないのは逆に凄いかも?」と思い映画化に動いたと発言している中島哲也だが、僕は今までの映画だって同じようなものじゃないかと考えている。ただ、『嫌われ松子の一生』や『告白』では、「異化」的表現を通してかろうじて示されていた「感情移入したければすれば?」的な観客サービスは排除。やたらショッキングな風俗描写も表層的で、それはマカロニウェスタン風のタイトルデザインや、チュパチャプス刑事・妻夫木聡の見事に虚構的な吹っ飛びようを見ても判るだろう。ただし、虚構内での因果律はかなり厳格なので、いかに倫理的に無茶だろうが人物の行動に納得させるものがあるのは流石だ。
ヒロインを救うことも理解することも出来ない、男どもの残酷寓話
中島作品の暴力の背後には、聖なるものが見え隠れする。「ブッ殺す」が放つ温もりと「アイシテル」に漂う冷たさ。無機質な空間に母と息子の魂の叫びが響く『告白』と、カオスの中で父と娘が屈折する『渇き。』。スタイルは違えども2部作ともいえる。
ヒロインをめぐり、フィジカルな昭和オヤジとセカイを信じる平成キッズが彷徨し煩悶した挙げ句、ただ血みどろになって傷つくしかない。女性が女性によってのみ解放される『アナ雪』の真裏で起きている、男どもの現実。ヒロインを救うことはおろか、理解することすら出来ない。それでもヒロインを求め、叶わぬゆえに狂い暴走する。決してヒーローになれない時代の男たちの残酷な寓話だ。
振り切れた役所と小松の不思議な空気感に目が釘付け
アメコミ的なオープニングから中島哲也監督の遊び心が伝わってくる。過剰なバイオレンスと今どきティーンの想像を絶する残虐性を浮き彫りにする演出も悪趣味の一歩手前で止めるから、劇画というかカートゥーンというか……。だからこそリアルさは薄まり、見終わったあとの後味の悪さも翌日まで持ち越すほどではない。演者たちはハードな仕事を要請されたはずで、薄汚く暴力的な主人公を演じた役所広司の振り切れぶりはキャリア最高と言っていい。そして目を釘付けにされたのが新人、小松菜奈が醸し出す不思議な空気感。あどけない美しさで他人を魅了する彼女が演じる天使と悪魔が混在した少女の残酷さこそが本作のいちばんの見どころだ。
じつは、もうひとつの『そして父になる』
主人公にまったく共感できない点や、よく企画が通ったという意味で『悪の経典』のさらに上を行く、猛毒エンタテイメント。思春期の少年少女の戦いの日々を描く裏で、劇中にAKB48に続き、でんぱ組.incの「でんでんぱっしょん」を使用するなど、『告白』延長戦な狙いは否定できない。
だが、クールさが全編を包んだ前作に対し、完全にブッ飛んだ役所広司の演技もあり、うだるような暑さを感じて不快指数120%。さらに、娘役の小松菜奈のファム・ファタールっぷりもあり、ティーン版『白いドレスの女』で『ハードコアの夜』といえる。とはいえ、もうひとつの『そして父になる』として着地するから、まったくもってあなどれない。
バッド・ルーテナントな「嫌われ父ちゃん」の悪夢的迷宮
役所広司が『シャブ極道』以上のヤバい爆演! 動物的な純度は高いが人間としては全く混乱したダメ男で、『野獣刑事』の緒形拳と泉谷しげるを合わせた感じか。現代風俗を見据えたコンテンポラリーな文体と昭和的娯楽メソッドの融合は、まさに中島哲也ならでは!
とはいえ基本は深町秋生の原作に忠実。独自に付与したのは『不思議の国のアリス』で、悪夢的な迷宮と化した全体構造の比喩として機能。また「父が娘を捜す」主軸は『ハードコアの夜』を彷彿させる。
サブプロットは『告白』系のスクールカースト周りの地獄で、人間の闇と毒をぎっしり詰めこんだ超タフな怪作だ。観る方もヘトヘトに疲れるので、エネルギーを充電して臨むべし!
「告白」を遥かに凌駕する凄まじい悪意とバイオレンス
登場人物の大半が鬼畜かサイコパス。もしくは、ただのロクデナシか負け犬。そんな連中が縦横無尽に傷つけ合い、騙し利用し合い、そして狂ったように殺し合う。中島監督の前作「告白」を遥かに凌駕する凄まじい悪意とバイオレンスは賛否両論必至だろう。
主人公である父親の凶暴ぶりも凄いが、天使のような笑顔で周囲の人間を欺き地獄へと突き落とす娘の底知れぬ怖さは圧巻。注目すべきは、こいつらがやたらと“愛”という言葉を連発すること。しかし、その意味を最も理解していないのは彼らなのだ。これは、愛だの絆だのの優しい言葉が安易に垂れ流された結果、その本質を見失ってしまった現代社会への痛烈過ぎる皮肉とも思える。
ギラついた悪意をポップに語る中島ワールドの新境地
“悪意”をエンタテインメントに変換できる才能。それこそが中島哲也監督の武器と思っていたが、本作もそれを活かした快作。『告白』のヒンヤリとしたタッチとは異なるポップなアプローチが面白い。
原色を基調にした色彩は派手で、カットの切り替えも激しくリズミカル。オープニングクレジットのデザインはもちろん、グルーヴィーな音楽からも1970年代のB級映画を意識したことは明らかで、ノリよく見せられる。
そんな世界の中で輝くのが役所広司の怪演。「クソ!」「死ね!」「ぶっ殺す!」等々の呪いの言葉は中年が吐くにはあまりにみっともないが、そんなみっともなさがあってこそ、“悪意”がギラギラとした輝きを放つ。