薄氷の殺人 (2014):映画短評
薄氷の殺人 (2014)ライター6人の平均評価: 4.3
陰惨な殺人事件が浮き彫りにする中国地方都市の現実
中国の地方都市を舞台に、とある女性を巡るバラバラ殺人事件の謎と、そんな彼女にのめり込んでいく元刑事の執着をノワールタッチで描く。
’99年~’04年という時代設定が物語の鍵だ。降りしきる雪、寂れた街角、殺伐とした人間模様。暗い夜の街に佇む一軒の商業施設だけが、急速な経済成長を象徴するように派手なネオンを煌めかせ、そのどぎつい原色の光が主人公たちの暗澹たる表情を虚しく照らす。
街路樹の根元に遺骨を埋める女、集合住宅に迷い込む馬など、中国ならさもありならんといった不条理な情景が、陰惨な殺人事件と共に、経済発展に取り残された庶民の孤独や鬱屈を浮き彫りにする。もちろん、サスペンスとしても秀逸だ。
映像に語らせる、これぞザ・映画な作品
台詞は決して多くないけれど饒舌な作品だ。語るのは寒々とした炭坑の風景や、降り積もる雪、遠ざかる美女の後ろ姿、不穏さを感じさせるスケート靴のエッジ、夜の観覧車などなど。あらゆるカットに意味や詩情のようなものを込めたディアナ・イーナン監督の映像センスに脱帽。キャラクターの感情や物語の流れを解説しちゃう台詞に慣れた観客はもしかすると迷子になってしまうかもしれないが、映像の力を信じて見てほしい。まさにザ・映画!
グイ・ルンメイ演じる未亡人が美しすぎて、最初は物語にそぐわないと感じたが、やがて彼女の透明感こそが実は物語の鍵と気づいた。監督の演出力にも脱帽なり。
バラバラ殺人の背後であぶり出される夢と現実、欲望と諦念
凍て付く中国の地方都市を舞台にバラバラ殺人から始まるノワール。追う男も追われる美女も心に闇を抱え孤独に漂っている。事件解明への執念と美女への欲望。暗鬱な街と極彩色のネオン。薄氷を踏むような生き様と真昼の花火のような夢。あらゆる対比が興奮を高めていく。単なるミステリーではない。時代設定は1999年と2004年。経済格差が急速に拡大した社会の歪み。こぼれ落ちた人間のやるせなさが覆う。娯楽性と芸術性が見事に共存している。一昔前の韓国や昭和30年代の日本にもこうした映画はあった。屋外スケートリンクで男が女を延々と追う息が詰まる移動キャメラは、焦りと恐れを抱えつつ不気味な前進を続ける中国そのものだ。
静謐さの中に宿る、とてつもない危うさに魅せられる
薄い氷の上をそっと歩くような緊張。そんな作品の味を言い当てた邦題が、まず素晴らしい。映画そのものも逸品と呼ぶにふさわしく、夢中にさせられた。
静かに降る雪、切断された人体、何事もないように佇む街路樹、スケートのエッジ、極彩色のネオン。人間の営みを静かに見つめた映像の中に置かれる、それらの静謐な危うさがインパクトをあたえる。冷たい炎であぶり出すようなスリルが、ここにある。
静かなサスペンスはキャラクターの感情を露骨に表わすことがほとんどない。だからこそ、主人公の“やることを探しているだけ、じゃなきゃただの負け犬だ”という言葉が突き刺さる。
清浄な白い光が描くファム・ファタール
セリフではなく、登場人物の行動でもなく、"情景"を積み重ねることによって物語を紡いでいく。その情景のそれぞれが、構図、色彩とも、1枚の絵のような完成度。ひとつの独立した物語にもなっている。
そして、それらの情景を描く光は、いつも清浄で濁りがない。そのクリアさが、氷の上、雪が薄く積もった路上、薄曇りの空など、冷たい大気を描くときに、さらに際立つ。
一種のファム・ファタールものでもあるのだが、このモチーフを描くときに用いられがちな闇ではなく、冷たく澄んだ白い光によって描かれることで、白昼夢のような味わいを残す。
ウェス・アンダーソンもリンクレイターも超えた新たな才能
ベルリンで金熊賞&銀熊賞をかっさらったことでも分かるように、いかにも映画祭が好む中国映画ということで、ジャ・ジャンク―以上に取扱要注意。猟奇殺人モノといえば、今や韓国映画での血気盛んなイメージが強いが、ハルピンロケの本作は正反対。極寒の風景が、観客を迷宮のようなハードボイルドの世界に誘う。
『マルタの鷹』『第三の男』『黒い罠』の影響が強いため、ありふれた展開に見えるが、とにかく1カットのインパクトが圧倒的。野外スケート場、『侠女十三妹』上映の映画館、愛を交わす観覧車などを独特なカメラワークと大胆な編集で捉えていく。そして、美しいラストとともに欧陽菲菲のシャウトが、これまた切ない!