セッション (2014):映画短評
セッション (2014)ライター8人の平均評価: 4.9
お前はお前の道を往け! 俺は俺の道を行く!!
才能と努力をめぐる一考察であり一大活劇だ。TVブロス誌で敢行、「D・チャゼル監督インタビュー」で確認したのだが、本作のクライマックスには劇中で目配せされているフィルム・ノワールの傑作『男の争い』が影響を。誇張と戯画化の作劇スタイル、受け手の経験値が反映するオープンエンディングは、製作総指揮としてチャゼル監督の背中を後押ししたJ・ライトマンの映画にも通ずる。
強権独裁をふるう鬼教官以上に常軌を逸しているのは実は若きドラマーで、“敵対”する二人は古典的な弁証法的関係を通じて(悪意を)競いあい、次第に融合していき、そうして主人公の怪物性が開花してゆく。これは「モンスター映画」の変種なのである。
変則七拍子、魔性の音楽映画。
スポ根映画のパターンを援用して、音楽における“師弟”の確執を描いた本作。音楽の技量習得にも体育会系的側面が相当あるから(主人公は体育会系の甥一家に敵愾心露わなものの)この選択は映画的に正解だ。しかし自身が師から受けたトラウマをヒントに映画を紡いだという監督は、あえて自分の傷に挑むような解決をみせる。スポ根どころじゃない狂気的様相を経ての“ラスト・マッチ”で、ホーンズのベルにクローズアップしたりする’20~’30年代のジャズ映画的ショットを駆使しつつ、「化け物」が「化け物」を生み出す瞬間はほとんどホラー。と同時に、仇敵がついに「師」となる瞬間をも捉えてみせ、別の意味でも震えさせるのだな。
失われた「狂気」と衰えた「身体性」に関する過激な映像詩
モラハラなど知ったことかと言わんばかりの鬼教官の罵倒と暴力は、梶原一騎マンガ世代にとって郷愁をそそる。邦題はミスリードするが、“ムチ打ち”を意味する原題を知れば、作品の核心に近づく。スポ根映画でもジャズ映画でもない。教官は言う。「世の中甘くなった。ジャズも死ぬはずだ」。音楽をモチーフに、すっかり失われた「狂気」とめっきり衰えた「身体性」に関する過激な映像詩だ。何かを志し偉大になれなかった者が後進育成に回り、挫折しがちな若者に闘いを仕掛け、苛立ちをぶつける。そこに愛はあるのか。個人的な憤怒のみか。結論を出さず観る者に思考することを投げかける。巻き起こる論争も含め、映画は脳裏で激しく鳴り続ける。
ミュージシャンの真の戦場はステージにあり
しごきやバトルの魅力についてはシネマトゥデイ・アカデミー賞特集内レビューで触れたとおり(プロフィール欄参照)。ここでは他のことについて触れたい。
ステージに一度上がった奏者は何があっても観客にミスを悟られてはいけない。本作ではそんなコンサートという状況がバトルの舞台装置として絶大な効果を上げている。
主人公のドラマーにしても鬼教師にしても奏者である以上、観客の前で恥をかけない。そこに敵対する者同士の対抗心が絡み、物語をクライマックスへと発展させる。そんな心理スリラーの側面が白熱する舞台こそステージの上。この ”戦場" の描写がストーリーテリングの妙である点は注目しておきたい。
これは音楽についての映画ではない
一見、スポーツ根性ものにも見えるのは、ドラムを叩くことが全身全霊を没入させる激しい運動であることが、その熱気と汗が、画面から伝わってくるからで、それには監督と主演俳優の双方が実際にドラマーでもあることも、関係しているだろう。映像が、ドラミングといっしょに躍動する。
だが、これはスポーツについての映画でもない。どんな世界でも、複数の人間が、同じ何かの達成を目指すとき、各自に方法論があり、ときにはそれが激しく衝突するので、その過程では衝突のほうに意識が捕われてしまうことがある。だが、目指すものが達成されたとき、そこにはまったく別の光景が出現する。この映画はその瞬間を捉えている。
生半可なホラーより、ホラーな理由。
鬼のような指導者を演じた男優がオスカー助演受賞という流れは、『愛と青春の旅だち』のルイス・ゴセット・ジュニアが演じた教官を思い出すが、本作でJ・K・シモンズが演じる教授の存在は、チャーリー・パーカーに憧れる主人公・ニーマンとって、まさにホラー。彼の恐怖&ドッキリ体験に巻き込まれる観客は、その衝撃に唖然とし、涙目になるだろう。それもそのはず、自身の原体験を描いた本作で注目されたディミアン・チャゼル監督は、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』や『ラスト・エクソシズム』の続編『悪魔の寵愛』の脚本家。サスペンスにオカルトと、ホラーのツボを得た脚本を経た本作は出来るべくして出来た、スポ根ホラーだ。
惚れ惚れするシモンズ様のドSっぷり
本年度米アカデミー賞で助演男優賞を受賞したJ・K・シモンズ。噂の鬼音楽教師ぶりは、おそらく観る者の予想を遥かに上回るインパクトを与えるはず。最後まで貫かれる底意地の悪さはむしろアッパレ。自分が生徒なら間違いなくお漏らしするレベルだ。しかしスクリーンで躍動するシモンズ様に美しさすら感じてしまうから不思議だ。
60歳とは思えない隆々とした上腕二頭筋と胸板の厚さ。威厳に満ちた顔のシワ。そして人を威圧する壁ドン。己の音楽を追究するがゆえの男の真剣勝負は清々しくもあり、下手なアクション映画よりスリリングだ。
かくしてジェイソン・ステイサムの牙城を揺るがす、新セクシーハゲ・スターの誕生である。
褒めて伸ばすゆとり教育は、間違っていたみたいよ
ジャズへの造詣が浅く、『ラウンド・ミッドナイト』が知識の源なので、ジャズはおしゃれな音楽というイメージ。それが、こんなバトル映画の主題になるとは驚き、胸が熱くなった。ジャズドラマーとしての成功を夢見る青年の成長が基本路線だけど、鬼教師にビンタされたり、楽器を投げつけられたりとイジメ風なしごきが強烈。才能のある青年を一流ミュージシャンに仕上げる使命感からだし、持論が「“Good Job”という言葉は人間をダメにする」と聞くと妙に納得。褒めて伸ばすが基本のアメリカにもこんな人いるとは。しかし主人公と鬼教師の表情と音楽で見せるラストを見ると、何事も一流になるにはスパルタ教育に耐えてこそと思うはず。