スティーブ・ジョブズ (2015):映画短評
スティーブ・ジョブズ (2015)ライター7人の平均評価: 4.1
手垢まみれの評伝を斬新に!濃密に!
なぜこれが米アカデミー賞脚色賞にノミネートされないんだ!と叫ばずにはいられない。
伝説的な3つの商品発表会見を軸にジョブズの経歴、私生活、共同創業者たちとの確執etc…をバックステージでの会話劇だけで描ききってしまう大胆な構成。膨大なセリフ量に圧倒されるが、M・ファスベンダーら芸達者な俳優陣の好演でそれぞれの人物像がくっきり浮かび上がってくる。ジョブズの人生は知ってるつもりの人たちにとっても新たな驚きがあるのではないだろうか。
分かってる。すべてはA・カッチャー版がミソを付けたせいで、今更!?と食指が動かない人が多いことも。でもコレ舞台劇にも変換可能。いずれブロードウェイで花開くかも?
才人タッグだからこその、愛おしいダメ男物語
ダニー・ボイル監督と脚本家アーロン・ソーキンが組むのだから年代記的な伝記ドラマには収まらない。ショブズの転機となる3度の製品発表会の直前40分をとおして、その人物像を見つめるアイデアが、まず巧い。
3つのエピソードを通して語られるのは、エゴと、他者への愛のバランスの変化。ジョブズと愛娘との関係に注目すればそれは明白だ。娘をハグすることもできなかったジョブズが不器用に愛を示すまでの過程には、偉人伝とは異なる人間ドラマの妙がある。
ダメ男が“ゴメン”と謝るまでの話をリアルに、なおかつ愛おしく思わせるのはボイル&ソーキンならでは。『127時間』『ソーシャル・ネットワーク』に通じる味がある。
野心的な脚色、膨大なセリフによって暴かれるカリスマの実像
まず野心的な脚色に驚く。冒頭アーサー・C・クラークが未来のコンピュータを語る映像は、ジョブズが成し遂げたiPhoneに至るまでの功績を端的に表わす。事実を基に努めて客観的な伝記映画とは裏腹に、アーロン・ソーキン脚本は極めて主観的な三幕劇構成を採り、奇才の本質ににじり寄る。三幕とは、Mac、NeXT、iMacという歴史的プレゼン“直前”の舞台裏。起業家の信念、友との確執、娘との愛憎。表向きは洗練された彼のプロデュース製品の中身が、実は複雑で精密であるように、膨大なセリフによって暴かれるカリスマの実像は、煮えたぎる情熱と恐るべき狂気と不寛容、そして底知れぬ愛情が混在一体となって渦を巻いている。
死した後にも語り継がれる人間ってやっぱりすごい
コンピュータといえばMacだし、iPhoneが無いと生きていけず、まさにジョブズあっての私。彼の功績と人間性が相容れなかったのは知っているので、人間ドラマに期待薄だったからびっくり。ジョブズが周囲と繰り広げる諍いや会話から彼の人となりが徐々に形成されていく構成が素晴らしい。ダラダラと人生を描かず、ジョブズのキャリアで意味を持つ3つの発表会の舞台裏だけに焦点を当てたA・ソーキンの脚本の妙である。もちろん描き出されるジョブズは非常に傲岸不遜な男だが、バカげた計算で存在を否定した娘リサとの関係性などから垣間見える素顔は興味深い。死した後も語り継がれるわけだ。
あえてモノマネを放棄したファスベンダーは大正解
スティーブ・ジョブズのキャリアを象徴する3つの新作発表会の舞台裏に焦点を当てつつ、キーパーソンとなる人々との複雑な愛憎関係の変遷を辿りながら、人間的には欠点の多かった天才の素顔を解き明かしていく。
構成はさながら3幕物の舞台劇。圧倒的な量のセリフと緊張感漲る人間ドラマでテンポ良く見せていく展開は、ダニー・ボイル監督の采配もさる事ながら、劇作家出身の脚本家アーロン・ソーキンの真骨頂と言えよう。と同時に、そこが好き嫌いの分かれ目にもなり得る。
独自の解釈でジョブスを体現するマイケル・ファスベンダーがまた出色。ジェフ・ダニエルズとの丁々発止な重量級の演技合戦は最大のハイライトだ。
大胆な脚本、大胆な演技コンセプト
まず、脚本が大胆。描かれるのは、ジョブズの有名な製品発表会3つの開始直前数10分間のドラマのみ。その大胆な構成で、スティーブ・ジョブズとは何者だったのか、彼の思想とその人物像の双方を描くことを目指し、それを実現する。
加えて、演技のコンセプトが大胆。誰もがその姿を見たことがある実在の人物を描くに際して、この映画は本人を真似た"そっくり演技"を採用しない。ましてや、俳優が本人に合わせて体重の増減をすることもない。俳優たちは、そんなこととは関係なく、この映画が描こうとする人物像を演じることを目指し、それに成功している。
変人ジョブズに巻き込まれる疑似体験、できます。
“おざなりの伝記映画”に終わっていたアシュトン・カッチャー版に比べ、今回のマイケル・ファスベンダー版は、明らかにダニー・ボイル監督作な仕上がり。1984年、1988年、1998年に行われた転機となる発表会直前の舞台裏を3部構成で描き、カリスマで、変人で、ダメおやじであったジョブズの姿が浮き彫りになっていく。ジョブズのエゴが爆発する緊迫感ある演出の下、アーロン・ソーキン脚色による膨大なセリフを浴びせられ、観る者は一気に現場スタッフ同様、騒動に巻き込まれる感覚に陥っていく。大観衆を前にした有名なプレゼンシーンはないものの、モノ足りなさは一切感じず、最後には心地よい疲労感を味わうことができる。