ストリート・オーケストラ (2015):映画短評
ストリート・オーケストラ (2015)ライター3人の平均評価: 3.7
ベタが好きな日本人にはちょいとモノ足りない
素材は決して悪くないし、生と死が隣り合わせのブラジル・サンパウロのリアルや、人生を変えられるかもしれない音楽がもたらす力も、しっかり描かれている。そして、なによりファヴェーラを背景に流れるクラシックの名曲が醸し出す意外な効果も興味深い。ただ、監督が実話を意識しすぎたのか、あまりに演出が淡泊すぎる。オープニングやエンドロールに見られるように、よく言えばスタイリッシュなのだが、これではラストに向けてカタルシスに欠けるだけでなく、ベタ好きな日本人にはちょっとモノ足りない。おまけに、演奏シーンに尺を割いてくれない。そのあたりの“弱さ”を一切感じさせることのない日本版予告の作り、とにかく巧いです!
絶望を希望へと変える音楽の可能性
オリンピック開催によって図らずも露呈してしまったブラジルの深刻な治安の悪さ。その背景にある絶望的な貧困に目を向けつつ、音楽を通して未来に希望を見出そうとする若者たちを描く。
狭い地域社会をマフィアが牛耳り、子供たちも犯罪に手を染めるスラム街。本物のスラムでロケを行い、そこの住人たちがエキストラとして出演する。この荒々しい猥雑さと張り詰めた空気は、スタジオのセットでは決して再現できない。
そして夢に破れたトラウマを抱える音楽教師は、そもそも夢を見ることすら許されない子供たちのバイタリティを前に、己の甘さと無知を思い知る。変革とは一方が与えるものではない。共に手を取って実現するものなのだ。
ストリートの現実と、綺麗事ではないクラシック
ブラジル版『ミュージック・オブ・ハート』…かと思ったらとんでもない。遥かに深く、真実味がある。スラム地区で音楽教師となる傷ついた男が、最初本気で荒れていた生徒達との交流の中で音楽への初期衝動を再確認し、自己回復に向かう。いかなる教条臭さ(=上から目線)も排された、世界と人間の“変容”の物語だ。
抜群なのが音楽の配し方。単なるハイカルチャーとしてクラシックを提示するのではなく、ブラジリアン・ヒップホップなど“時代の音”の渦の中で、クラシックがいかなる美しさで人々の心に寄り添うのか具体的に聴かせる。暴動シーンの後、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番が奏でられる流れにはグッと来てしまった。