ミス・シェパードをお手本に (2015):映画短評
ミス・シェパードをお手本に (2015)ライター3人の平均評価: 3.3
大女優マギー・スミスの名演を堪能する作品
イギリスの劇作家アラン・ベネットの実体験を基に、路上駐車したフルサイズバンに寝泊まりするホームレスの老女との、実に20年以上にわたる交流を描いた舞台劇の映画化である。
これはもう、ひとえに大女優マギー・スミスの演技を堪能するための作品と言って良かろう。ボロは着ていても心は錦。頑固で口煩くてエキセントリック、それでいてどこか憎めない老女ミス・シェパードは、『ミス・ブロディの青春』から『ダウントン・アビー』に至るまでマギーの体現してきた誇り高き英国女性像の集大成だ。
ただ、全体的には劇作家の視点を通した人間観察記。こんな愛すべき変人がいたんですよ、という回顧録の域を出ないような印象が残る。
ほのぼのした物語と思ったら、悲しみもいっぱいの秀作
バンで暮らす老女と彼女に貸した軒先を乗っ取られた戯曲家アラン・ベネットの実話を元にした物語は、全体のトーンとしては穏やか系。ただしマギー・スミス演じるヒロインの回想場面や彼女が抱えるトラブルには悲しみがつきまとい、宗教によるおしつけや人間の邪悪さ、そして心を壊した人間の苦悩が浮かび上がる。ポスターの絵柄でほのぼのした物語を見るつもりならば、パンチを食らう可能性大。しかも、いい意味で強烈な一発を! ヒロインを演じたマギー・スミスは今更言うまでもない巧みな演技を披露していて、道路に這いつくばって小銭を拾いながらもどこか超然とした風格を感じさせる。マギー様の独り舞台といった様相だ。
ただのいい話にならないところが英国流
寒い季節のロンドンのカムデン、'70~'80年代の静かな住宅街。作者の実体験に基づくホームレスの老女との15年間の交流を、ただのいい話にしないところが英国流。作者は物語の語り手として登場、地域住民と自分の双方に対して客観的な視点を失わず、常に自虐的なジョークを放つ。一方、老女のほうも"自分の正しさ"を貫いているので、ハタ迷惑ではあるが、お涙頂戴な存在にはならない。そんな人物なのにある種のキュートさがあるのは、この役を舞台でも演じたマギー・スミスの力量。映画ではしばしば頑固でキュートな老人男性は描かれてきたが、頑固でキュートな老人女性は希少価値。本作はそんな稀有な存在を生き生きと描いている。