ダンケルク (2017):映画短評
ダンケルク (2017)ライター8人の平均評価: 4.5
ドラマではなく“状況”を描く体感戦争映画
C・ノーランはしばしスタンリー・キューブリックと比較されるが、本作を見て連想したのは『フルメタル・ジャケット』だった。“状況”を描く、という点において、だ。
陸の兵士、空のパイロット、海の民間船クルー、それぞれの人間を描いてはいるが、人となりや背景は伝えず、そのときどきに彼らが何を感じ、どう動いたのかを見つめる。ここでのノーランのまなざしは観察者のそれに近い。状況を伝えるキャラクター視点の風景は臨場感に富んでいる。
ドラマが見えないぶん音楽はいつになくドラマチックで、とりわけ航空シーンでは高揚感を抱かせる。つくりは実験的かつ野心的だが、ダンケルクの戦闘を体感させるに十分の力作。
「状況」に没入させる2DのVR実験が、映画の可能性を拡げた
一貫して画の威力と音の効果で押しまくり、「物語」ではなく、死地からの脱出を懸けた「状況」に没入させる。顔の見えぬ相手には敵意すら湧かず、秒針音をサンプリングした音響によって焦燥感はマックスとなり、純粋に生き延びたいという切実さだけが募る。ノーラン映画の「時間」――『メメント』の逆行、『インセプション』の侵入、『インターステラー』の抵抗。本作では、陸海空のスパンの異なる時間軸を交差させた。視点と時間の魔術により、タイムリミットという真の敵に怯えながら、浜辺を逃げ惑い、海中に沈み、空を舞う。IMAXを駆使し、2DでVR効果を体感させて映画の未知なる可能性を押し広げる壮大な実験は、実に刺激的だ。
劇場を戦場に変える音!音!音!
塚本晋也監督『野火』同様、敵はほぼ写らず。
主観映像で捉えた戦争映画だ。
だが臨場感溢れる音が、敵の存在を確かに感じさせてくれる。
迫り来る戦闘機のプロペラ音。
どこからともなく飛んでくる銃弾。
嫌な予感しかしない、一瞬の静寂。
耳鳴りのように残るこれらの音が、ここから一刻も早く逃れたいとする主人公たちの心情と共鳴する。
一方で、これは国民性か、
戦場から生きて帰ってきた人を恥と蔑んだ史実を知るだけに、”史上最大の撤退作戦”に複雑な心境を抱く人も多いだろう。
約40万人の命を救うという英断を下したリーダーの姿を見ながら、多くの犠牲を生んだ自国の歴史を振り返らずにはいられないのだ。
潔いほどのノーランの実験劇場
今や長尺イメージのクリストファー・ノーラン監督作としては、デビュー作『フォロウィング』に次ぐ、尺の短さ(106分)だが、観終わった後の疲労感は通常通り。セリフで語らず、字幕で語る状況説明に始まり、陸海空での3つの時間軸からなるトリック構成で、頭がフル回転。また、完全にIMAXを意識した構図の下、弦楽器を多用したハンス・ジマーの旋律が流れ、連合軍兵士を追い詰めるドイツ兵が姿を現さない展開は、常に不穏な空気を醸し出す。しかも、ベインに続いてマスク姿のトム・ハーディも、終始困り顔のケネス・ブラナーも、まるでオペラのような崇高さを醸し出すノーラン劇場のコマに過ぎず。そんな実験的な試みに圧倒されるはず!
シンプルなのに壮大な戦争叙事詩
過去にも映画化されている第二次大戦初期のダンケルク大撤退を浜辺と空と海の3パートに分けて描くシンプルな構成。各パートに主要キャラはいるものの、物語を牽引する特別なヒーローは不在だ。それなのに各キャラの気持ちに同調し、海水でずぶ濡れになった気分になったり、空で苦渋の決断を迫られる気分になったりするのだ。戦争とは名も無き兵士たちの犠牲なくしては成り立たなかったと実感する。研がれた脚本やダイナミックな映像美、役者陣の熱演とすべてが素晴らしいが、特に心打たれたのはマーク・ライランス演じる英国紳士とその息子の存在。あうんの呼吸でヨットに乗り込み、兵士の救出に向かう姿にやるべきことをやる強さを見た。
大空の空間の巨大さを体感!
空中戦が新鮮。空に戦闘機が2機しかいない。だから、空がとてつもなく広い。その空の中で、戦闘機に乗っているかのような感覚が味わえる。空間は巨大なのに運転席の視野は限られていて、敵機が音として出現する。飛行の角度を変更すると、空と海との境界線がぐるりと動いていくのが体感できる。この感覚をできるだけリアルに味わうために、画面は可能な限り大きい方がいい。空だけでなく、地上、海上、海中での出来事も、そこにいるかのような臨場感を重視した演出だ。
そして、描かれるのは戦闘ではなく、敵地にいる味方の兵士たちの救出作戦。英国人監督ノーランが、かつて英国の人々が団結して成し遂げたことを描いた映画でもある。
これは完全にエンタメ大作の顔をした実験映画だ。
ノーラン流儀がさらなる最高値をマークした大怪作に近い大傑作。二回目の鑑賞で、超緻密でハイボルテージな破格の異形設計とサウンドスケープに改めて圧倒された。既存のコードを解体してシャッフルした時間と空間=戦場に蠢くのは、剥き出しの無数の「個」。ハリー・スタイルズさえ何の変哲もない一人の兵士として放り出されている。
本作に影響を与えた映画群11本をノーランは公式発表しているが、お話の枠組みとして最も近いのは『炎のランナー』だろう。「ダンケルク・スピリット」という英国の国民的な物語、スタンダードな美談を、この映画でしか体感し得ない“新しい世界”として、最初から自分で図面を引いて組み立てている。
第二次世界大戦を舞台にした新たな傑作は大スクリーンで
クリストファー・ノーラン に言わせれば、これは戦争映画ではなくサスペンス。そして、サスペンスとホラーの違いは、「サスペンスは一瞬たりとも目が離せないもの。ホラーは目を背けたくなるもの」だそう。実際、ノーランにしては短い106分の上映時間、とにかく一瞬たりとも目を離せないのだ。あの時代にもPTSDはあったのだとか、大混乱の状況では時にして仲間のせいで命が失われることもあるのだといった、当たり前といえばそうだが、なるほどと思うことが描かれる。くどくど説明することなく、観客をその場に放り込むような感じ。できるだけ大きなスクリーンで見て、体感してほしい。