ドリーム (2016):映画短評
ドリーム (2016)ライター7人の平均評価: 4.3
分断と衝突の時代を生きる我々が彼女たちから学ぶことは多い
アメリカの威信をかけた「マーキュリー計画」成功の影で多大な功績を残した、実在の3人の黒人女性にスポットライトを当てた作品。ようやくの待ちに待った日本公開である。
時は人種差別も性差別もあからさまだった’60年代初頭。黒人にして女性という二重のハンデを背負った彼女たちが、いかにして自分の才能を周囲に認めさせていったのか。そこが最大の見どころだ。
決して声高に権利を主張したり不満を訴えることなどなく、知恵と機転で相手自身に偏見や先入観を気付かせ、態度と行動によって自分の価値を証明していく。そう、白人たちもまた感情を持った人間だ。世界中で分断と衝突が広がる今、我々が彼女たちから学ぶことは多い。
苦労話に終始しない、前進するドラマに好感
女性が、有色人種が差別されていた時代と、そこで生き抜いた才女たちの知られざる実話として、楽しんで見ることができた。
NASAという男社会の中で、トイレ問題から差別意識にいたるまで、さまざまなハードルが待つ。それらを“これだけ苦労した”ではなく、“これだけ乗り越えた”という前向きな方向に物語を運ぶ点に好感。散りばめられたユーモアも光る。
『ヴィンセントが教えてくれたこと』も忘れ難いS・メルフィ監督の語り口は今回も肩肘を張らない自然体。メインの女優3人も良いが、上司に扮したK・ダンストの好演に、善人とも悪人とも判断できない人間のリアリティが浮き彫りになり、印象に残る。
NASAかしまし娘一代記
例の問題は『ドリームガールズ』ありきの邦題に落ち着いた感があるが、マーキュリー有人飛行計画に携わった“知られざる人々”の物語だけに、裏版『ライトスタッフ』として観ると、面白さ倍増の本作。『ヴィンセントが教えてくれたこと』のセオドア・メルフィ監督だけに、人種差別をテーマにしながら、「非白人専用トイレ」などはコミカルな描写で笑い飛ばし、人間コンピュータとして活躍する痛快さや、さっぱりラブ要素もアリ。加えて、モータウンを意識しまくったファレル・ウィリアムスのオリジナル楽曲がポップさをより引き立てる。同じ賞レースを賑わせた『ムーンライト』の鬱屈した雰囲気が受け付けなかった人にこそ、おススメしたい。
マーキュリー計画を支えた天才女性の姿が痛快!
マーキュリー計画は『ライトスタッフ』で学んだ口だが、計画を支えたのが黒人女性たちだったとは! 今もご存命のキャサリン・ジョンソン女史や計算チームの知的な女性たちが計画に貢献する過程でNASAに居場所を勝ち得ていく過程がテンポよく描かれる。もちろん50〜60年代の話なので彼女たちが人種差別や性差別に憤る場面もあるが、描写はかなりソフト。キャサロンたちがペンは剣より強し的に存在意義を証明するエレガンスがフェミニズムに優った感あり! タラジ・P・ヘンソンはじめ役者陣はみな好演で、ジム・パーソンズが以外に嫌味男役が似合うのにびっくり。ファレル・ウィリアムスによる主題歌も胸に響きます。
差別というテーマを扱いつつ、明るさも失わない
アメリカで人種差別は非常に深刻な問題。もっとあからさまに、合法的に行われていた過去を語る映画は、当然ながら、重く暗いものになりがちだ。そんな中、 シリアスなテーマを、明るさと温かさを失うことなく語るのが今作。まず、この天才黒人女性たちが実在したのだというところに、誇りがある。それに、辛い体験をしても、彼女たちにはすばらしい友達と家族がいる。シングルマザーのキャサリンは、新たな恋にもめぐりあう。その恋のお相手を演じるマハーシャラ・アリが、これまたなんとも素敵なのだ。アメリカでは「ムーンライト」と同時期に公開されていただけに、彼のもつ違う魅力が見られたのも楽しかった。
二重の差別を描きつつ、ポジティヴなエネルギーに満ちている
'60年代のアメリカ、人種差別と性差別という二重の差別の中、女性3人が妨害されても失敗しても、たゆまず努力し続ける。そういう物語なのに、悲壮感がない。ポジティヴなエネルギーに満ちている。
その理由はまず、彼女たちが愚痴を言わないから。そして、女性3人が友人同士で互いに認め合っているから。さらに、3人には夫や子供などの家族がいて、その存在は制約でもあるが救いにもなっているから。女性3人は仕事に邁進しつつ、それだけではなく、仲間を大切にし、人を愛することも同時に行う。そういう物語が、黄色が強い暖かな光に、女性たちの衣服の鮮やかな色が映える、明るく賑やかな映像で描かれていく。
道なき道を切り拓き「前例」となった女性たちの理性的な闘い
そうだったのか!と感嘆し、偉業を支えた陰の人々に敬意を表し、生きる力が漲ってくる。コンピュータなき時代、NASAでロケットを精確に打ち上げる計算を黒人女性が担っていた事実とその苦闘が、あくまでもポジティブに描かれる。立ちはだかる性と人種の壁。感情的に抗うのではなく、理性的に闘う。因習が融け始め、多様性が浸透していく様が素晴らしい。上司ケビン・コスナーは『ダンス・ウィズ・ウルブズ』以来の名演。裏面史を知る知的興奮とサクセスストーリーの感動を併せ持つ。巨額の開発費と優れた科学技術だけが要因ではなかった。60年代アメリカは、壁を取り払い過ちを正したからこそ、人間を宇宙に飛ばすことができたのだ。