ジュピターズ・ムーン (2017):映画短評
ジュピターズ・ムーン (2017)ライター3人の平均評価: 3.7
ヨーロッパの苦悩を解き放つ、詩的な空中浮遊に魅せられて。
本作の演出やフィルム撮影の質感は、もっと評価されなければいけない。シリア難民の青年がハンガリー国境警備隊の銃弾に倒れるが、直後に浮遊能力を身に付ける。彼を利用し金儲けを企む医師との逃走劇がメインだが、その存在の神秘性をめぐり、苦悩するヨーロッパの混沌が詩的に活写される。浮遊の奇跡は、クレーンや特殊なカメラリグ、ワイヤーを駆使して俳優の身体やカメラそのものを吊り上げ、ワンカットで撮影。『恋愛準決勝戦』由来のセットとカメラが大回転するアナログ特撮も効果的だ。移動撮影やカーチェイスの迫真性も素晴らしい。人間が浮く感覚を抒情的に体感させ、失われたはずの難民の魂が問いかける社会派SFの傑作である。
理解しがたい異質な相手や物事に対して、あなたならどうするか?
シリアから大量の難民が押し寄せるハンガリーで、国境警備隊に銃で撃たれた難民の少年が、空中を浮遊する不思議な力を身に付けてしまうというお話。で、それを利用して金稼ぎしようと考えたドクターが、やがて少年を守るために逃避行を繰り広げることとなる。
難民問題を通して現代の疲弊したヨーロッパの姿を捉えた作品だが、いわゆる社会派映画ともちょっと違う。少年の浮遊能力は宗教的な奇跡であると同時に、いわば自由の象徴でもあり、それゆえに人々は畏敬の念をもって空を見上げ、体制側はそれを危険視して捕らえようとする。にわかに理解できない異質な相手や物事を前にして、あなたならどうするか。そこが本作の核心だろう。
この浮遊感覚は、体験する価値がある
少年が空中に浮遊するとき、その感覚を体感させてくれる。しかもこの浮遊感は、斬新だ。身体が空中を移動する映画は数多いが、本作は周囲の重力を操ることで浮力を得るという設定で、さらに本人がまだ能力の使い方を手探りしている状態なので、空を飛ぶというより、水の中を手探りで泳ぐような感覚。重力の作用する方向が変化していくので、どちらが天でどちらが地なのか、判別がつかなくなる。こうした浮遊シーンが何度もあり、この感覚を体験するだけでも見る価値がある。木星の衛星、エウロパ=ヨーロッパを意味するタイトルで、移民の少年を描く寓話的物語だが、この浮遊感覚は、意識よりも深い部分に働きかけてくる。