ファースト・マン (2018):映画短評
ファースト・マン (2018)ライター7人の平均評価: 3.9
撮影技術の粋を集め、危険で無謀なミッションを追体験させる
ミュージカル映画の夢を短絡的に甦らせなかった俊英は、宇宙への夢にも冷静に向き合った。娘を亡くした飛行士の私生活から語り始め、仲間の事故死や苛酷な訓練を通し、半世紀前に月を目指した国家プロジェクトがいかに無謀だったかという事実も示す。これは偉業ではなく苦行だ。寄り添うキャメラが危険なミッションを追体験させる。月面に星条旗を立てる場面を入れずカタルシスを与えぬ演出は真骨頂。16mm、35mm、IMAX65mmの融合。スクリーンプロセスやミニチュア特撮にNASAのアーカイブ映像も活用してVFXも組み合わせ、最も効果的な視覚効果を追求した撮影技術は、デジタルvsアナログという不毛な二元論への回答だ。
主人公同様、“覚悟”を持って挑むべし。
製作総指揮にスピルバーグを迎え、もはや“『セッション』の監督”とはいえない大御所感が漂う。「僕らの生まれてくる、ずっとずっと前」ながら、誰もが知ってる偉業をエンタメ<<<リアルさ重視で描くという志は認めたいが、あまりに淡々としすぎている感アリ。そんななか、いつの間に“生き残りゲーム”となっていくことで、ようやくドラマが動き始め、主人公の無事を祈り続ける妻を演じるクレア・フォイの芝居の巧さが際立っていく。『ゼロ・グラビティ』同様、IMAXで体感するに越したことはない一本であることに間違いないが、明らかにアプローチが違うので、ある程度の“覚悟”を持って挑むべし。
英雄伝にあらず、むしろ死臭の中のサバイバル劇
人類初の月面着陸を成し遂げた宇宙飛行士アームストロングの英雄談は広く知られているが、『ラ・ラ・ランド』の監督&主演コンビによる本作の肝はヒロイズムにはない。
宇宙開発の最前線に立ち未知の飛行に挑む、当時それは命を落とす可能性があることを意味していた。焦点は、まさにそこに絞られている。アームストロングとその妻、彼の仲間たちが、いかに死の恐怖と戦ったのか? 何を得て、何を失ったのか? そんな人間ドラマが本作のオリジナリティだ。
カメラを回転させてとらえた訓練や飛行場面は意欲的な描写で、宇宙飛行体感型のエンタテインメントとしても機能する。体調の良いときに見るべし。
宇宙飛行士の内面に迫る、ドラマティックな実話
人類初の月面着陸を成し遂げるまでの実話なので、「知ってるよ」と言われるのを覚悟の上でのアプローチがアームストロング船長の内面に迫ること。偉業を成し終えた後も政界支出などせずローキー人生を送っていたので、人知れない部分も多かったのだろう。R・ゴズリング演じる船長は感情が読み取りにくく、月面までは「何を考えているのか?」と疑問に思うことしきり。そんな船長の複雑で悲しみに満ちた内面をクライマックスでのぞかせるドラマティックさがD・チャゼル監督らしい。今の技術と比べるとオモチャのような宇宙船でよくもまあ月へと感慨深し。見ながら、トランプ大統領が陣頭指揮をとるスペースフォースの今後も気になりました。
"人類の偉業"を"ある個人の行動"として描く
世界初の月面着陸という"人類にとっての偉業"を、徹底して"ある個人の行動"として描く。そのため月面に国旗を立てる場面はない。主人公は別の理由で月に行く。
そして"個人の行為"であることを描くために、観客が自分の身体で味わう"体感型"映画になっている。とくに主人公の主観映像で描かれる、宇宙船発射時の体感はリアル。その時、船の中にいる人間にとって、船はただの金属製の円筒でしかなく、身体はただ金属と空気との摩擦によって生じる激しい振動に翻弄され、耳には金属が軋む音しか聞こえず、目は振動のため物の形を捉えられない。生命が母星を離れるときの原初的な恐怖感を、大画面と音響が体感させてくれる。
テクニカル面は卓越。だが感情面が弱い
月に人を送るということがどれだけ危険なことだったのか、それをめぐって世間はどう反応をしていたのかなどが語られるのは興味深い。数種類のカメラを使い分けて観客が体感できるようにしたのも評価する。しかし、どうも感情面で引っ張っていかないのだ。その目的で入れたと思われる娘の要素も、最初はいいのだが、後に出てくるところでは「ここで感動してくれ」という意図が透けて見え、しらける。アームストロングが寡黙な人だったにせよ、彼の気持ちの描写が物足りなく、妻役のクレア・フォイが必死で盛り上げようとしているように見えることも。すごいことを達成した人の話なのだから、映画にももっと心を揺さぶってほしかった。
60年代の空気と飛行士の感覚を追体験させ、作品賞候補は確実か
身動きがほとんどできない、1960年代の有人宇宙船の操縦席を、徹頭徹尾、臨場体験させる。目の前の機器を飛行士の視野そのままの「近さ」で映し、顔もドアップ。その細かいカット割りを綿密に計算したタイミングで積み重ね、さらに音響や振動の的確さで、恐怖と息苦しさ、その先の「使命感」さえも最高レベルで伝えることに成功した。明らかにわざと汚したレンズで撮るなど、細かすぎる演出の工夫は数えきれない。監督らしい音楽へのこだわりも、前2作と次元の異なる荘厳な美しさ。そこに主人公の心理を染み入るように重ね、ラストに訪れる陶酔感はただごとではない。映画芸術として完璧な一本。