私は、マリア・カラス (2017):映画短評
私は、マリア・カラス (2017)ライター5人の平均評価: 3.8
彼女自身の言葉で語りかけるエモーショナルな構成が醜聞を剥がす
後半生はスキャンダルにまみれ、53歳で急逝したオペラ界のレジェンド。光と影を描くこのドキュメンタリーの作りは尋常じゃない。関係者の証言の類はなく、収集に時間をかけた未公開インタビューやプライベート映像、未完の自叙伝や初公開の手紙などに綴られた言葉によって、真実が紡ぎ出されていく。ナレーションは排され、朗読するのは『永遠のマリア・カラス』で彼女を演じた女優ファニー・アルダン。そして本人が謳い上げるオペラの歌声が、自身の複雑な内面を表す。理不尽な運命、悲哀、儚さ。激動の人生についてカラスが自身の言葉で語りかけてくる、ノンフィクションを超えたエモーショナルな構成が、逆説的に醜聞を剥がしていく。
不世出のディーバと呼ばれたのもよくわかります
壮麗な歌声と美貌でオペラ界に君臨したイメージがあるマリア・カラスだが実際に活動した期間はさほど長くない。それなのに名前が轟いたのはなぜ? その疑問に答えるのが本作だ。ブルックリン生まれの少女が音楽界で開花し、恋をし、スターダムに登り詰める一方で苦悩していた姿が残された手紙や未公開映像で解き明かされる。波乱万丈な人生は今でいうセレブリティ? 減量のためにサナダムシを食べるというまことしやかな噂もあったね。ギリシヤの海運王オナシスとの不倫にジャッキー・Oが絡む展開は、ブランジェリーナとJ・アニストンよりもスキャンダラスだったはず。不世出のディーバと呼ばれるには、それなりの理由があったのだ。
「ボヘミアン・ラプソディ」でも一瞬流れた美声の源が、ここに
『ボヘミアン・ラプソディ』でオペラにこだわるフレディ・マーキュリーが、レコード会社のボスに聴かせたのが、マリア・カラス。今作で流れるその歌声は、まぎれもなく唯一無二の至宝だと改めて実感した。ただ、歌唱力が優れているのではなく、人間の本能を刺激する何かが、彼女の声には備わっている。世界中を駆けずり回って発見し、修復して使った激レアなフッテージからは監督の執念が伝わるし、徹底して本人および当時の映像と証言に集中したスタイルに潔さを感じる。劇中の最高の1曲を挙げるなら「私のお父さん」で、カラスの実父および、愛したオナシスへの「父性愛」が、このドキュメンタリーと重なって、じみじみとした余韻を残す。
稀代の歌姫にして、リアル人生を舞台にした女優
『永遠のマリア・カラス』で主演を務めたファニー・アルダンがカラス自身の言葉――未完の自叙伝やプライベートの手紙を再構成したナレーションを担当。本人の「独白」風に伝わる構成がまず秀逸だ。
全体の印象として飛び込んでくるのは20世紀の芸能の濃厚さ。テレビメディアが急速に伸びてきた時期とも重なり、実にポップスター的な人だったと思う。決して長いとは言えないオペラ歌手としての絶頂期、マスコミを騒がせたオナシスとの愛人関係……。映画出演は『王女メディア』のみで終わってしまったが、その宿業と佇まいはハリウッド・バビロン的な「女優」の迫力。『サンセット大通り』のグロリア・スワンソン等と重なる時もあった。
本人の言葉だけで語る、誠実で新鮮なドキュメンタリー
有名人のドキュメンタリーというと、識者や身近な人のコメントや、分析があったりするものだが、今作はいっさいそれらがない。ナレーションもなく、出てくるのはすべてマリア・カラスの言葉だ。それらは、インタビュー映像だったり、親しい人に宛てた手紙だったりとさまざま。そこから、オペラ歌手「カラス」の側面と、ひとりの女性「マリア」の側面、そしてふたつの葛藤が描かれていくのである。このアプローチは新鮮であり、同時に、非常に誠実だ。カラスのすばらしい歌声がたっぷり聴けるのも、もちろん大きな魅力。今作を通じてまたファンが増えるのではないだろうか。