ボーダー 二つの世界 (2018):映画短評
ボーダー 二つの世界 (2018)ライター5人の平均評価: 4.2
ビジュアルに"痛み"が備わった現代の寓話
同じ原作者による『ぼくのエリ 200歳の少女』はタイトルどおり、見た目以上に年老いている少女を主人公にしていたが、本作のヒロインは見た目以上に精神年齢が若く、純粋な心を宿している。
醜いルックスゆえに人目を避けて暮らすヒロインが自分の正体を知っていく物語は、生と性のミステリーに彩られる。後者の描写に関しては、今回はボカシを入れていない。
それにしても、この絵的なインパクトは、なんだろう。森のうっそうとした風景、獣のようなキャラクターの顔つき、そして想像を絶する愛の営み。とにかく、どの画面も痛いが、だからこそ人間の真の醜さをえぐるようなこの寓話は奥深くにしみこんでくる。
他に類を見ない前代未聞の怪作
これは驚くべき怪作だ。国境の瀬戸際で密輸を食い止める税関職員を主人公にしたダークな北欧ノワールの様相を呈しつつ、そこへ意表を突くようなホラー・ファンタジー要素を絡め、それでもなお徹底したリアリズムを貫くことで、社会から疎外された者の孤独と悲しみと怒りを浮き彫りにしていく。ネタバレ厳禁ゆえにこれ以上踏み込んだことは言えないが、しかし今まで誰も見たことのないタイプの映画であることは間違いないだろう。映画ジャンルの境界線(ボーダー)はもとより、人種や性別、貧富などあらゆる境界線の既成概念を覆すことで、不条理の渦巻く現代社会の暗部へと斬り込む作品だ。
一言では説明できない、奇抜で興味深い物語
ヒロインが税関職員なので、国境や移民問題の社会派ドラマかと心積もりしたら、想像をはるかに超える奇抜で興味深い物語が広がる傑作だった。常に疎外感を感じる孤独なヒロインのアイデンティティ探しがメインだが、最初から最後までジャンル分けが無意味と思えるほど新鮮な驚きにあふれている。寛容の国スウェーデンの恥部ともいえるサーミ人分離政策を思わせる設定が用意され、トロールによるチェンジリングという妖精物語の定番ネタを現代の醜悪な犯罪と絡ませることで監督があぶり出す負の人間性が恐ろしい。異形のヒロインを演じるE・メランデルは本作で初めて見たが、不思議な存在になりきった演技が感動的だ。
美しさと怖さの合体。度肝を抜く愛の風景。これこそ映画!
並外れた「感覚」で税関で不審物や不申告物を摘発する主人公。その設定自体と、主人公の外見だけですでに心をざわめかせるのだが、この物語はぐいぐいと予想のできない方向に突き進み、呆気にとられる快感を覚醒させる。映画史上、最も危ういラブシーンをはじめ、美しさと異様さのギリギリの合体をめざし、モラルを問う描写にも潔くチャレンジする精神には恐れ入るばかりだ。
この地球に生きるものは、感覚で行動し、本能で愛する相手を探すという「真理」も訴える作品。北欧の冷たい空気と森の静けさが、風変わりな設定にファンタジックな官能を与えているので、同じ作者の『ぼくのエリ』のように安易なリメイクは不可能だろう。
境界線上の存在の日常がリアルに伝わってくる
ファンタジー映画は、例えば獣に変身する者など周囲とは異なる性質を持つ異形の者の姿を、美しいものとして描くことが多いが、本作はそれを一般的に醜いとされる容姿で描いたところが画期的。そのせいで、彼らが異質であるというだけで周囲から無意識のうちに軽んじられるさまが、よりリアルに伝わってくる。そして、彼らがその姿のままで輝きを放つとき、感動がより深くなる。
重要なのは、主人公が異質な存在ではありつつ人間のふりをして生きることも可能な、ボーダー上の存在であること。主人公はどのような経験をして、何を感じ、どのような選択をするのか。そんな物語を、北の湿った森と小動物たちが静かに見守る。