シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 (2018):映画短評
シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 (2018)ライター5人の平均評価: 4
この無口で真面目で不器用な変人を愛さずにはいられない
なんとも愛すべき人物、愛すべき映画である。無口で真面目で不器用で、感情を表に出すのが苦手な変わり者。そんな田舎の郵便配達員シュヴァルが、娘の誕生をきっかけとして、自宅庭の一角で世にも奇妙で壮麗な「宮殿」の建築に着手する。たとえ周囲から「愚か者」と白い目で見られようとも、一心不乱になって宮殿作りにのめり込むシュヴァル。それは彼にとって、恐らく唯一考えうる家族への愛情表現だったからだ。そんな彼を「心の美しい人」と理解し支える妻フィロメーヌ。それだけに、愛する人たちに次々と先立たれてしまうシュヴァルの過酷な運命に胸が痛む。穏やかで柔らかで抒情的なニルス・タヴェルニエ監督の演出がまた秀逸だ。
人は、親は間違う、でも一生を費やして成長する!
人は間違い、それに気づいたうえで、よい方向に向かおうとする。実話に基づく本作を見て、そんなことを考えた。
夫は仕事、妻は家事と育児……という役割分担が明確だった時代。妻と死別し、育てられないと幼い息子を手放してしまった人付き合いの苦手な主人公は、後妻との間に生まれた娘への愛情表現として宮殿を手作りで建設しようとする。その過程で悲劇を経験し、それを乗り越えていく点が興味深い。
前半は“ヒドい親だな…”と思って見ていたが、宮殿が出来上がっていく後半になると気持ちが主人公にシンクロしていた。人は間違うが、それによって人として、親として成長する。そんな事実を温かく切なく伝える好編。
シュヴァルの理想宮の形自体が、別の物語を語りかけてくる
"シュヴァルの理想宮"は実際にフランスにある奇妙な建造物。まったく建築知識のない一人の郵便局員シュヴァルが1879年に着手し、周囲の人々に変人扱いされながら、33年間の歳月を掛けて自分一人で作った。その造形は既存の様式には属さず、作者独自の不可思議な美意識に貫かれている。
本作は実際にこの建造物で撮影し、その造形を多様な角度から映し出す。すると、脚本はシュヴァルの創造行為を父の娘への愛の物語として描こうとするのだが、スクリーンに映し出される実際の"形"が、その物語に収まらない。奇妙な動物のような浮彫、重力を無視した階層の連なり、シュヴァルの宮殿の造形自体が、別の物語を訴え掛けてくる。
生きにくい世界でアウトサイダーが積み上げた夢。
昔、澁澤龍彥の著作で知った、霊感と妄念による史上最大級建築物の成立譚。とはいえ、なんせ創造者は真面目すぎるほどの郵便配達夫なのだから過剰にドラマティックなことなど何も起きない。それがドキュメンタリ畑の監督(ベルトラン・タヴェルニエの息子)ゆえか、過度な情緒に流れないのがこの素朴派の精髄に合っているのだ。感情表現は至ってぎこちないものの、そこからときおり漏れ出る真情を的確に表現する名優ジャック・ガンブランと、こんな男に何故か惹かれて後妻となる(ほのかな狂気を湛えた)女性を演じるレティシア・カスタの名演あってこそだが。建設途上の宮殿がやたらリアルだけれど、本物からCGで消してったんだってさ。
寡黙な男の一生
『世界ふしぎ発見!』等でもやっていた超有名な実話だが、シンプルかつ美しい映画化で何度か落涙。破格の郵便配達人の天才の秘密と、家族との愛情関係がバランスよくドラマ化されている。ものづくりに打ち込む父親への敬意は、監督ニルス・タヴェルニエ(父はベルトラン)の「二世」目線もよく効いているように思えた。
ちなみにシュヴァルと同時代、同じフランス南東部に生きていたのが昆虫学者アンリ・ファーブル。「村の変人」が地道な熱中の積み重ねで名士になっていくこと、自分の庭(生活圏)に巨大な世界を持っていたこと、自然の中をよく歩いて長生きしたことなど、彼らは本当によく似ているなあとこの映画を観て実感した次第。