オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡 (2018):映画短評
オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡 (2018)ライター6人の平均評価: 3.2
超スパルタなロシア新体操の舞台裏が圧巻!
ロシア新体操の女王マルガリータ・マムーンの日常に密着したドキュメンタリー。ソ連時代から新体操はロシアの国技のひとつであり、国威発揚のプロパガンダに欠かせない重要なスポーツであるわけだが、その舞台裏は長いこと秘密のベールに覆われてきた。そういう意味で本作はとても貴重な映像記録なのだが、それにしても『セッション』も真っ青な超スパルタ・トレーニングには心底圧倒される。まるでロシアン・マフィアの女ボスみたいな見た目のヘッドコーチ、イリーナ・ヴィネルの鬼教官ぶりがまた強烈(笑)!世界の頂点を目指すことの厳しさをまざまざと思い知らされる74分である。
スポ根アニメで育った世代にも衝撃
飴と鞭というより、ひたすら鞭。それでも立ち上がり、また練習を始めるド根性。スポ根アニメで育った世代には馴染みがある世界だが、今の時代にドキュメンタリーで見せられるとさすがに強烈。しかも、映画はそこに集中し、彼女の家族や、ボーイフレンドとの関係は、最小限にとどめている。それは、彼女の日常における「重き」を考えれば、妥当だろう。数年にわたり、いろいろな都市で撮影されているのに、彼女のパフォーマンスや練習にフォーカスするため、違いはあまりわからない。そこもまた、彼女にとってはどこの街であれやるべきことは同じというのを見せる上で、効果的といえる。
あなたは人間ではない、アスリートだ!…の残酷物語
リオ五輪で金メダルを獲得するまでロシアの新体操選手マムーンは、どんな訓練に耐えてきたのか? 本作が伝えるのは、そんな彼女の心理のうつろいだ。
『セッション』と比較されるのも納得の鬼コーチの言葉の暴力。“無能”“負け犬”“下手くそ”などの罵詈雑言を浴び、それをじっと聞いているマムーンの表情を本作は冷徹に写し出す。彼女が何を考えているのかは、観客各々にゆだねられる。
栄光は一瞬に過ぎ去る。そういう意味では『セッション』のスポ根ノリとは趣が異なる。アスリートとして扱われても人間として扱われず、それでも強くあろうとする姿にスポーツ上層世界の過酷さを見た。
アスリートを尊敬するしかなくなる実録!
ロボットのような正確無比な演技で有名なロシアの新体操選手。そのひとりだったM・マムーンのリオ五輪出場までを追い、厳しいトレーニングの合間に見せる葛藤や不安から人間らしさが浮かび上がらせた。しかし、主役を凌駕するのがカメラを全く気にしない大物指導者イリーナ。ロシア新体操界の女帝である彼女の発破(とファッション)がすごすぎて、目が釘付け。罵倒としか思えない言葉でマムーンを崖っぷちまで追い詰める女帝に震える。スポーツじゃなく、戦争なのだ。鋼のハートを持つ人しかオリンピックには届かないわけで、アスリートを尊敬するのみ! コーチの「あなたは人間じゃない、アスリートなの」という叱責に全てが集約されている。
パワハラと熱血指導のボーダーは? 新体操女王への闇は深い
新体操の世界トップ選手は、どんな苦闘を強いられるのか? 今作が最もフォーカスするのは、鬼コーチの指導だ。あの『セッション』を彷彿とさせるが、『セッション』はドラマなので鬼指導には説得力が与えられた。しかしこちらはドキュメンタリーで、コーチの罵詈雑言がどう考えても理不尽。選手に「何くそ」と思わせたいのだろうが、ひたすら癇(かん)に障る。乗り越えた末の名演技という説得力も希薄だが、それこそがトップ選手の「リアル」なのかも。
マイケル・ジャクソンも使っていた「減圧室」など最先端トレーニングも登場しつつ、実際の演技に関しては、華麗な手具の技や、パフォーマンス全体などをもう少しじっくり見たかった。
まるで演歌な、新体操の花道
あまりにドラマティックすぎて、逆にドキュメンタリーに見えないという錯覚に陥る。後に結婚する水泳選手の彼氏との束の間のデートも、練習に追われる毎日で家族に会えない寂しさや辛さも、新体操王国であるロシアの威信を背負ったプレッシャーも、すべてさらけ出していく新体操の女王の姿は、まるで少女漫画<<<演歌の世界だ。それに追い打ちをかけるのが、『アイ, トーニャ』のスパルタ母親のような、ヘッドコーチの存在。あらゆる暴言・ダメ出し・叱咤を繰り返し、ラスボス(もしくは関西芸人の大御所)感ハンパない彼女だけでも1本撮れそうだ。なのに、74分という尺でまとめるのは、いささか強引にも感じる。