コロンバス (2017):映画短評
コロンバス (2017)ライター7人の平均評価: 4
優れた建築は人の心を癒していく
親子関係に悩む男女が建物探訪を通して心を癒していく。同様の体験を現代建築の街・ビルバオで味わったことがある。夕方になるとビルバオ川にかかるズビズリ橋から磯崎ゲートに続く道が、通勤客と観光客と散歩する市民の往来で賑わう。人々の生活を考えた動線の美しさに建築の粋を感じ、無性に涙が溢れてくるのだ。本作でも2人は自然と建物が調和した精神病院に安らぎを感じ、夜の銀行の大きなガラス窓から漏れる灯に人の息遣いを感じて孤独感を埋める。劇中、「建築が人の心を癒すのと言っているのは建築家の幻想」というセリフもあるが、間違いなく本作に登場する建築は観客の心を捉えるだろう。その魅力を引き出した撮影と脚本が素晴らしい。
小津云々の前に、映像志望なら、観て損はなし!
インディアナ州コロンバスのモダニズム建築を背景に描かれる、父娘ほど年齢の離れた男女の出会いと旅立ちの物語。“ジョン・チョーの建もの探訪”的なハートウォーミングな展開ながら、全カット刺激的。これぞ構図の映画といえるが、静寂を捉えながら、自然音などの音響も計算されており、小津云々の前に、映像志望なら、観て損はなし。『スウィート17モンスター』の親友役などで注目のヘイリー・ルー・リチャードソンは、フローレンス・ピューばりに化けそうな気もするが、デビュー作にして、会心の一撃を放った評論家出身のコゴナダ監督。次回作はコリン・ファレル主演のSF(リチャードソンも出演!)だけに、今後楽しみな逸材といえる。
作品の隅々に感じられる小津映画の息遣い
熱心なシネフィルであれば、米クライテリオン社のソフトに特典収録されている韓国系米国人コゴナダのビデオエッセイはお馴染みであろう。それらのビデオ作品でヒッチコックやベルイマンの映画を分析してきた彼が、敬愛する小津安二郎監督へオマージュを捧げた劇場用長編デビュー作だ。インディアナ州コロンバスを舞台に、それぞれ親との確執を抱えた男女が知り合い、街の各地に点在するモダニズム建築を訪ね歩いていく。空間のバランスを緻密に計算した映像美、穏やかに流れる時間と素朴な心のふれあい。そのミニマルで端正な世界観は、確かに小津的な息遣いをそこかしこで感じさせつつも、しかしコゴナダ監督独自のユニークな味わいがある。
小津世界の端正さに倣った、沁みる人間ドラマ
小津安二郎の遺伝子がアメリカに受け継がれていた驚き。コゴナダ監督は韓国系米国人だからアジアの血がそうさせた……などと短絡的に語る気はないが、とにかくアメリカの風景が小津的に切り取られているのは斬新だ。
ドアの枠の奥にいる人物を注視させた固定カメラ。そのビジュアルはホウ・シャオシェン以来というべき、端正な小津的風景。“非対称でありながらバランスを保っている”というセリフが劇中にあるが、本作の映像はまさにそれだ。
物語はとくにドラマチックなことが起こるワケではないが、それでも沁みてくるのは、そんな的確なビジュアルの賜物。この町が好きになり、この人たちが好きになる、愛すべき人間ドラマ。
次の旅はインディアナ州コロンバスにしたくなる
舞台はオハイオ州ではなく、インディアナ州。モダニズム建築のメッカとのことで、E・サーリネンやJ・ポルシェックらが設計した建築物を映し出す考え尽くされたカメラワークに目を見張る。美しい。親に対する複雑な思いを抱えた男ジンと少女ケイシーがそれらの建築を巡り、デザインに込められた思いをそれぞれの人生に当てはめながら前に進むという単純に見えて実は奥深い物語も感動的だ。登場人物の心象風景を静かに伝える演出が心に染み、小津作品の研究者でもあるコゴナダ監督の才能に驚愕。これがデビュー作とは! J・チョーとヘイリー・L・リチャードソンの相性もバッチリだし、コロンバスのロケ地巡りをしたくなった。
いつかこの街を訪れ、静かに流れる時間を感じてみたい
物が乱雑にあふれた場所が落ち着く人、過剰なほどきっちり整頓された部屋が好きな人。この映画は明らかに後者に愛されるはず。モダニズム建築の美しさを強調したアングルと、人物を組み合わせる構図の妙。寸分なく左右対称にこだわった絵作り。そして音、時間の流れの静かな感覚。まるで茶室で過ごしているようだ。「端正」という形容がふさわしい。
街を出たくても、ふんぎりがつかない。そんな主人公の思いは、このコロンバスという街の「やさしすぎる」風景によって説得力が増す。居心地の良さと、一歩踏み出す勇気のジレンマは、「映画の定番」として感情移入させると今作も証明。突然、感情が爆発するダンスも、これまたいいタイミング!
映画の静かな佇まいはモダニズム建築に似ている
ある日、つらいことのあった若い女性が、町にある建造物を見てふと魅了される。彼女はその建物がモダニズム建築であること、町に同じ様式の建物が多いことを知り、建築の魅力に没入していく。すると、知れば知るほどそれまで見えていなかった美が見えてくる。その美を画面が映し出していく。
モダニズム建築は、装飾や個性を廃して機能性を最優先する思想のもと、石やガラス、コンクリートを多用した建築様式。その建造物の佇まいは、この映画自体によく似ている。建造物全体の形を捉えた遠景の画面。左右対象の静的な構図。色は建築物と同じ彩度を抑えた中間色。静的な世界の中で、登場人物の気持ちの微細な動きが描き出されていく。