ナイチンゲール (2018):映画短評
ナイチンゲール (2018)ライター5人の平均評価: 4.2
ポン・ジュノも注目の女性監督が放つ衝撃!
『悪魔のえじき(発情アニマル)』『リップスティック』に代表されるシンプルなリベンジ・ムービーに見えるが、そこはポン・ジュノがアリ・アスター、濱口竜介らとともに、いま注目する監督に選んだジェニファー・ケント監督作。アボリジニとイギリス軍をめぐる歴史大作として、人種を超えた2人のロードムービーとしても楽しめるが、いちばんは『トゥルー・グリット』『ブリムストーン』といった、主演女優の魅力が爆発する近年の西部劇の感触に近い。さらに、ラース・フォン・トリアー組出身の狙った不快感や、前作『ババドック 暗闇の魔物』同様、母としての強さやトラウマが過剰なまでに描かれるのが、いかにも彼女らしい。
恐ろしくパンチの効いた移民&先住民・残酷物語
『ババドッグ 暗闇の魔物』でホラーの形式を借りて女性の狂気に鋭く切り込んだJ・ケント監督が放つ一撃。豪州の移民史&侵略史に切り込んだ本作でも心理劇の重厚さに揺るぎはない。
冷酷な軍人と、彼への復讐を誓ったヒロイン。前者が生命に対する感受性が欠如しているのに対し、後者はその感受性を捨てきれない。一方では、ヒロインと、そのガイドを務めるアボリジニ青年の対比がある。奪われた物の大きさの違いが、それぞれの怒りに変換される、そんな設定の妙に唸らされる。
若い頃のレイチェル・ワイズを連想させるヒロイン、A・フランシオンの表情の演技も素晴らしく、バイオレンスを含めて絵的興奮も抜かりなし。大注目!
『ババドック 暗闇の魔物』の監督が描く壮絶な復讐劇
理不尽な差別や暴力の蔓延った植民地時代のオーストラリア。地域を支配する残虐な将校の慰みものにされ、その部下たちからも輪姦されたうえに、最愛の夫と幼子を目の前で虐殺された女性の壮絶な復讐劇が描かれる。ヒロインはイギリス人入植者に日頃から侮蔑の目を向けられるアイルランド人。そんな彼女に雇われるアボリジニの青年は、その両者から家畜以下の扱いを受け、家族や仲間の命を奪われてきた。生存競争の激しい社会では、民族や肌の色や階級の違う他者が平然と踏みつけにされ、命の価値も軽くなる。その最大の被害者は女性やマイノリティ。正視に堪えない場面が多いものの、我々が目を背けてならない教訓がそこにある。
タスマニアの暗い森のマジックリアリズム
「ババドック ~暗闇の魔物~」のジェニファー・ケント監督は、今回も"人間の深層心理"と"呪術や魔術としか呼べないような何か"との間の境界線が失われていくさまを描く。前作の闇は難しい子供を一人で育てる母親の心と通じたが、本作の闇は、19世紀の植民地で虐待された女の復讐心だけでなく、タスマニアの歴史の暗部も関わっていく。
ヒロインの復讐のための旅はアボリジニの青年が案内人になり、2人が森に足を踏み入れた後は、森の奥に入って行けば行くほど、森の緑が深くなり呪術的な力が増大していく。夜になるとその力はさらに強まり、ヒロインの見る夢と、ずっと森にあった何かの境目が次第に判別できなくなっていくのだ。
暴力性と残虐性を見せつけられながらも、希望を感じる不思議
夫と子供を殺害された女性の復讐劇なので、タランティーノ的な作品と思い込んでいたら、大間違い。主人公クレアの悲惨な人生とイギリスによるタスマニアの人種・文化的な凌辱を重ね合わせながら、人間の共生の可能性を示唆する奥行きの深い人間ドラマだ。J・ケント監督作はこれが初見だが、L・V・トリアー監督の薫陶を受けただけあって、人間の持つ暴力性や残虐性を積極的に描写。ときに目を覆いたくなるシーンも少なくないが、当時の植民地でアボリジニや流刑者たちが味わった辛苦を伝えたいという監督の意図的な挿入だろう。『GOT』でリアナ・スタークを演じたF・フランシオンが復讐の旅路で人間的に成長するクレアを熱演している。