ハニーランド 永遠の谷 (2019):映画短評
ハニーランド 永遠の谷 (2019)ライター4人の平均評価: 4.3
とても遠いのに、とても近い
普段めったに見ることのない遠い場所で、自然と調和と取りながら蜂蜜を作っている女性。そんな彼女の日常を、ナレーションなしで、時にクローズアップ、時に広々とした風景を入れて追う今作は、観る者をたちまち素敵な心の旅に連れて行ってくれる。一方で、収益を優先する人々が巻き起こすトラブルは、今の資本主義社会で起こっていることそのもの。とても遠くて、同時にとても近いのだ。フィルムメーカーらは撮影に3年をかけたとのこと。ドキュメンタリーでありながら、ちゃんと“ストーリー”がある映画に仕上がったのも、彼らが辛抱強く、本人たちの信頼を勝ち取って撮影を続けたおかげだろう。いつまでも心に残る名作。
名演技を観ている錯覚も。不思議な力が宿ったドキュメンタリー
この世界の貴重な「風景」を知るという意味で、ドキュメンタリーの目的を最高レベルで達成する。ただし、観ている間は「作られたドラマ」のような錯覚も受ける。現実と非現実の境界を体験している感じで、つまり、膨大な映像をドラマのように編集するという、これまたドキュメンタリーとしての成功法則をクリアした一作。
夜の明かりはロウソクの炎のみ。危険な崖づたいに蜂蜜を採取しに向かう。現代の都会生活とかけ離れた、恐ろしいほどシンプルな暮らしに、ラジオや「毛染め」といった日常アイテムが入り込んでリアリティな地続きを作る。生と死も含め、人間にとって何が大切なのかを、それぞれに観た後、静かに考えさせる。この点も秀逸。
風景も出来事もまるで神話のように見えてくる
とてもドキュメンタリーだとは思えない、豊かな物語性と、神話のような風景が繰り広げられる。人里離れた山の中、老いた母親の世話をしながら、古来のやり方で養蜂をする女性は、次第に大地の化身のように見えてくる。彼女は怒りもするが、誰かを恨むことはなく、おしゃれを楽しむことを知っている。大人たちよりも子供たちと親しくなる。
彼女の生きる場所は大地も空も大きく、生活は厳しいが、どの季節も、どの時間帯も、自然が彼女の目の前に広げる色彩は、どこまでも鮮やかで力強い。人間が破壊行為をすることもあるが、自然は大きく、まだ自己修復力を失っていない。自然がその力を静かに発揮するさまを、この映画は見せてくれる。
「半分、いただく」気持ちが地球を救う!
ドキュメンタリーなのにものすごくドラマティックな展開があり、まさに“事実は小説より奇なり”。電気も水道もない村で盲目の母親と暮らす女性養蜂家を追うカメラがとらえるのは、彼女と新たな隣人との生き方の違いだ。蜂の巣から「半分は私、半分は蜂に」と蜜を半分だけ採取する養蜂家の手法はまさにSDGsの手本だ。もちろん彼女は自然保護やエコのつもりはなく、先祖代々伝わった手法を実践するだけ。伝統的な知識を元に自然とともに生きる主人公と、消費主義・拝金主義を体現するかのような隣人の対比は、地球を破壊する私たちへの警鐘とも受け取れる。北マケドニアのほとんど手付かずと思われる自然の再生力にも心が洗われた。