幸せの答え合わせ (2018):映画短評
幸せの答え合わせ (2018)ライター5人の平均評価: 3.6
形あるものが壊れてしまうのは結婚や家庭も同じ
「結婚とは相互の誤解に基づくものである」とはオスカー・ワイルドの言葉だが、これは結婚29年目にしてその大いなる誤解を認めざるを得なくなった弱気で平凡な夫と、是が非でも誤解を認めたくない強気なインテリ妻、そんな両親の板挟みになって右往左往する息子を描いた熟年離婚ドラマ。家族といえども子供が大人になれば自立した個人の集まりだし、そもそも当たり前の日常が永遠に続くとは限らない。形あるものが壊れてしまうのは結婚や家庭も同じ。だからといって、それすなわち赤の他人になってしまうわけじゃない。相手の選択を尊重して思いやりつつ、他者に依存しない自分の幸せを追求するって大事だなと思わせられる。
ありがちだけど極端な結婚破綻ドラマに、生々しいセリフで没入
結婚29年を迎えた夫婦の、ありがちな思いの行き違いで、最初こそ会話がイラつくが、両者の真意が明らかになるにつれ、ぐいっと引き込まれる。このあたり、名脚本家としてキャリアを積んだ監督の真骨頂。時代と国は違うが、向田邦子の家族ドラマのごとく、極端なシチュエーションに生々しいセリフで共感させる高等テクニックが発揮される。
両親に翻弄される息子の私生活がやや謎めいたまま踏み込まないのも、物語の軸をブラさない意味で正解。息子役、ジョシュ・オコナーが受け身の立ち位置をきっちりキープして、両ベテラン、特にA・ベニングのアクの強さを薄める。原題の「入り江」に加え、目を疑うほど美しい絶壁で、英国プチ旅行気分も!
幸せは他人に委ねず、自分で見つけるべし!
人生や幸福に対する温度差がある夫婦の熟年離婚と、両親のいざこざに巻き込まれた息子の困惑に共感しきりの人間ドラマだ。夫婦円満と思い込んでいたのに離婚を要求されて困惑し、怒り狂い、絶望し、徐々に自分を取り戻すややエキセントリックな妻グレイスの複雑な心模様をA・ベニングが巧みに演じていて、穏やかな夫を演じるB・ナイの受けの演技とのバランスが抜群。夫婦間に生まれた溝が徐々に拡大した感じがリアルだ。ナイは相変わらず、愛すべき飄々ぶりだ。夫妻が住むのは、白亜の絶壁に近い家。美しいけれど危険な感じも漂う絶壁が突然崩壊する結婚を示唆しているようで、風光明媚な景色なのにどことなく寂しい。
家庭崩壊の不幸、愛憎からの希望
ごく普通の老夫婦の穏やかな日常に、穏やかでない空気がジワジワと侵入し、結婚生活の破綻へ。居心地がどんどん悪くなる、そんな冒頭の緊張感に、まず引き込まれる。
軸となるのは、そんな彼らの心の揺れと、自立しているものの両親の離婚に動揺を隠せない息子のとまどい。誰もが自分を不幸と思っており、そこから抜け出す出口を探っている。
脚本家としてアカデミー賞候補となった『永遠の愛に生きて』と同様、W・ニコルソンが描く男は感情表現が下手で、女はそれに苛立つ。彼の実体験に基づく本作では、その心象が深く掘り下げられ、幸福の在り方を考えさせずにおかない。役者陣の巧演はもちろん、英国の海沿いの風景もシミる。
静かな海辺の町、静かな物語が響き合う
英国南部の海がすぐ近くにある小さな町、厚手のコートはいらないが上着は必要な季節、空は灰色ではないが青くはない薄い水色。そういう静かで穏やかな土地で、その静謐さに呼応するかのように、急に離婚することになった両親とその一人息子という3人の感情が、波立ちながら次第になだらかなものになっていく。特に息子の、両親のどちらにも偏らず片方の味方にはならないようにする、大切に思いながらベッタリはしない、という距離の取り方が、彼らがいる土地の静かさによく似合う。息子と父親の少し似ているところを、2人の紅茶のティーバッグの扱い方が同じだという情景で描くといった細やかな演出も、この物語に相応しい。