ゴヤの名画と優しい泥棒 (2020):映画短評
ゴヤの名画と優しい泥棒 (2020)ライター4人の平均評価: 4
不公平がまかり通る世の中で「正しさ」とは?
1960年代のイギリスで実際に起きた美術品盗難事件の映画化だ。政府は貧しい人々からも高い税金を取るくせに、庶民の娯楽であるテレビの公共放送には受信料が課される。なのに、奴らはゴヤの絵画を国宝として桁違いの高額で買いやがった。頭に来たタクシー運転手は、その名画を人質に取って政府へ身代金を要求する。自分のためではなく、みんなのために使うべく。たとえ煙たがられようとも理不尽なことには黙っていられない主人公、人様に迷惑かけてはならないと我慢や忍耐を美徳とする妻。この対照的な夫婦関係が物語のキモで、「正しさと何か?」を見る者に問う。英国庶民の心意気を感じさせる結末には思わずニヤリ!
英国ヨークシャーのオヤジの実話が、軽妙で粋!
瀟洒で軽妙! 冒頭から、分割画面のレイアウトも、クラリネットの音楽の軽やかさも、粋の極み。そのオシャレな映像に乗せて、1961年の英国、ジム・ブロードベント演じる巷の粋人オヤジを描く。人物像も映画のノリも、反骨精神たっぷりなのに仰々しくなく、どこまでも軽快でカッコいい。しかも、ストーリーは実話が元ネタだとは、やっぱりこの国のセンスは侮れない。英国の北方ヨークシャーの小さな街、家が並ぶ通りから、部屋の壁紙の模様、お茶の時間のちょっとした会話まで、すべてに英国気質がしっかり染み込んでいる。監督は、昨年65歳で死去した『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル。軽妙な味を堪能したい。
60 歳の運転手、「ロビンフッド」になる
『キング・オブ・シーヴズ』に続き、ジム・ブロードベントが実在した泥棒を演じ、同じくスウィンギング・ロンドンを意識したタイトルバックも印象的なハートウォーミング・コメディ。「ロビンフッド」がキーワードになっており、主人公が政府に要求するのが金銭ではなく、高齢者のBBC受信料無料なのが泣かせる。仲良し息子との掛け合いや法廷シーンで笑いを誘うなど、ブロードベントの独壇場のなか、権力者を演じる印象が強いヘレン・ミレンの庶民代表な妻の立ち位置も興味深いところ。残念ながらBBCフィルムズ製作ではないが、テンポ良いウェルメイドな作風は、まさに安心と信頼のロジャー・ミッシェル監督作といえる。
美術トリビア+犯罪ミステリー+人情劇+家族ドラマ+法廷劇!
兎にも角にも『007/ドクター・ノオ』(62年)の引用である。当時行方不明だったゴヤの絵画「ウェリントン公爵」が、なんとノオ博士のジャマイカの秘密邸宅にあった!という時事ネタいじりのパロディ的お遊びを、小粋な形で回収したことに拍手喝采!
ジム・ブロードベント演じる主人公ケンプトンは、まるでケン・ローチの映画に出てきそうな反骨の庶民。彼は60歳だが戯曲を書いている。これは当時の文化的ムーヴメント「怒れる若者たち」の影響があると見ていいのでは。社会派にも振れる題材だが、昨年亡くなったロジャー・ミッシェル監督(合掌)は60s調分割画面から始まり、最後の劇映画を「優しい」英国の娯楽映画に仕上げた。